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第1話
☆
見慣れた玄関先にたどり着くと
少しはやい鼓動を落ち着けたいのか、
無意識に小さく深呼吸をした。
カチャリと音を立ててそのドアを開ければ・・
「よぅ」
そこには
さわやかな香りとともに
スーツ姿が似合いすぎてる
整った顔のイイ男が現れる。
「・・・また来たの?」
週末。金曜の夜の9時を過ぎたころ。
今週もまた、
この部屋には蓮ちゃんがやってくる。
どこかやんちゃな笑顔の蓮ちゃんに
わざとあきれた顔してため息をつけば
「あ。なんだよその顏。傷つくわ~」
蓮ちゃんは余裕そうな笑顔を見せながら
口先だけでそんなことを言って、
ゆったりとした動作で靴を脱ぎ始める。
どこかチャラい雰囲気を
うまいことスーツの下に隠してる蓮ちゃんは、
片手に鞄と白いコンビニ袋をぶらさげながら、
慣れた様子でオレの部屋に上がり込んだ。
オレの隣をスルリと通り過ぎるその瞬間、
また、蓮ちゃんの香りが無邪気にふわりとオレを包んで、
反射的に独り、息を飲んだ。
蓮ちゃんを目で追わないよう注意しながら
ドキドキしている全身を落ち着けようと、
たったいま無造作にソコに現れた、
丁寧に手入れされてる革靴を無意識に見つめる。
今週もまたこの部屋に、
約束もなく蓮ちゃんはやってきた。
「ビール買って来てやったんだから喜べよ~。」
背後から聞こえる、
艶のあるのんきな声には反応せずに、
オレは左端にキレイに並べられた蓮ちゃんの
見慣れたその革靴をじっと見つめたままで、
思い出さなくてもこの靴は、
蓮ちゃんの今カノからのプレゼントだったよなぁ・・
ってことが頭をよぎって、
小さくため息がもれた。
玄関の鍵を閉めてリビングへ戻れば、
いつもの場所で
背広を着たままでヤンキー座りをした蓮ちゃんが、
コンビニの袋から中身を取り出してテーブルに並べている。
「杏野の好きなクラッカーも買って来てやったぞ。」
楽しそうにするその言葉を無視してキッチンに向かうと、
オレは冷蔵庫から
わざわざお皿に盛り付け直した、割引になってたお刺身の盛り合わせと、
カクテキのはいった小皿を持っていく。
「お、なんだ~やっぱ杏野も俺を待ってたんじゃん。」
嬉しそうにそんなことを言われてドキリとする。
「待ってないよ。」
蓮ちゃんの好物をテーブルに並べながら、
出来るだけ冷たく聞こえるようにそう言った。
「なんだよ。機嫌わりぃな。生理?」
下品なそんな冗談すらも、
持ち前の上品さでうまいこと調和させてしまう蓮ちゃんを一瞬、
無言で睨んだ。
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