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第2話 ああ言えばこう言う

 今回、将吾と東堂が取材を命じられたのは、ある教育施設の認可をめぐる政治家の汚職疑惑である。  学校を作るには認可を受ける必要があるが、そのためには法に定められた一連の要件を満たさなくてはならない。だがこの学校法人A学園は要件を一部満たしていないにもかかわらず認可を受けた可能性があった。そこになんらかの不正がなかったか、真相を突き止めるのが二人に課せられた仕事だ。  今回、東堂と組まされた将吾だが、この件で動いているのは二人だけではなく、高山の口ぶりでは別働隊がいるようであった。そのくらいのヤマになるということだ。 「とにかく、組んでやれって高山さんが言うんだから、協力しあうべきだろ」  高山は無駄な仕事をわざわざ言いつけたりはしない。東堂が一人でやれると踏めば、一人で行かせたはずだと将吾は思っていた。「二人で」と言ったからには、高山なりの意図がそこに必ずある。  一向に引き下がりそうにない将吾に根負けしたか、東堂は面倒だと思っているのを隠しもしない表情で、だが渋々取材計画を話し出した。  東堂によれば、公表されている決算書は、あくまで表向きのものである。東堂は、学園の間係者に接触し、内部資料の存在が確認できないか、またその中に認可をめぐってあやしい動きをしたものがいないかどうかを探るつもりでいるようだった。 「ま、しばらくは帰れないぞ」  その程度のことは将吾も経験してきたし、覚悟もある。  問題は、報道部四年目にして初めて組むこの男と一日の大半を共に行動することになるわけで、「協力し合うべきだろ」と言っておいて、やや先行きに不安があることだった。  東堂のことは、おそらく東堂本人が将吾を認識する前から、将吾の方が一方的に知っていた。同期入社、それも記者職どうしとなれば、誰がどこに配属になった、異動になったというのは比較的すぐ仲間内で話題になる。  記者職の新入社員は通常まず地方支局へ配属になり、だいたい四年の下積みを経て本社へ異動になるのが順当な出世コースだ。東堂は三年で本社へ異動になったエリートとして、同期の中では有名な存在だった。  報道部に配属になったという東堂の記名記事を目にするたびに、将吾は目を通さずにはいられなかった。ライバル視、というには向こうがあまりにも先を行き過ぎている。それよりもむしろ、東堂がどんなことをどんな取り上げ方で記事にするのか、個人的な興味から、将吾は東堂の書いた記事を欠かさず読んでいた。  記事から伝わってくる東堂のイメージは「完璧」「隙のない切れ者」だった。これが同期入社だと思うと、未だデスクから記事を突っ返されることも日常の、自分との差に頭を抱えそうになる。その印象は、報道部で本人と再会した後も変わることなく、むしろ強化される一方となった。  すっきりと整った目元の涼しい顔は、メタルフレームの眼鏡と相まってインテリ然とした雰囲気を放つ。やや長めの癖のない黒髪はいつ見ても綺麗にセットされていて、おまけに長身痩躯。並んで立つと、決して背の低い方ではない将吾よりさらに頭半分ほど高いところに顔がある。  陳腐な形容詞を使うなら、新聞記者というよりモデルと言った方が通りそうな容姿だ。黙って笑顔のひとつも浮かべてみせれば女性陣が放っておかないのではと思うのだが、不思議なことに東堂を巡っては浮いた話というものを全く聞かなかった。問題があるとするなら、おそらくその近寄り難さだろうと将吾は踏んでいる。  ——まあ、別に愛想を振り撒けとは言わないけどさ。  整った容姿であるだけに、隙のない東堂の仕事ぶりはいっそ冷酷ささえ感じさせた。もっと親しみやすい雰囲気だったなら、モテモテ間違いなしだっただろうに、勿体無い……というのは、決して前の彼女と別れてからもう何年もそういった話題に縁のない将吾の負け惜しみではない。  実際、東堂の仕事は、はたから見ても完璧だった。人間だから時には失敗もするはずだが、東堂に限って例外なのではと思ってしまうほどだ。常に先を読み、人の裏をかき、目的に対する手段は厭わない。感情よりも合理性を優先させ、記者になっていなければ、裏社会でもやっていけたのではないかと思うほどに計算高く行動することができる人間だった。  どうやっても友達になれそうにないタイプではあるものの、東堂の実績は将吾も認めている。それでも将吾には、東堂を快くは思えない理由があった。  ——いくら仕事ができるからって、人をコケにしていいわけじゃない。  今まで同じチームで仕事をしたことこそないものの、報道部内での報告や打ち合わせで顔を合わせたことなら何度もある。将吾の意見の甘さや提案の見落としを辛辣に指摘し、余計な一言まで付け加えてくる東堂に、カチンときた将吾が思わず言い返して、場の収拾がつかなくなることもしばしばだった。  そんな東堂と自分が組めば、何かにつけ、足手まとい扱いされそうなのが目に見えている。しかし、それがあながち全くの理不尽とも言い切れないのが、悲しいところだった。  東堂と正反対に、同期の中でも本社への配属がかなり遅い方だった将吾は、自分が決して優秀とはいえないことを自覚している。  それでも。  ——高山さんが、俺に東堂と組め、と言ってくれたんだ。信じなくてどうする。  東堂だって、スーパーマンではないはずだ。自分にも補えるところが、必ずある。  らしくもなくネガティブになりかけた自分の気持ちを切り替えて、将吾はさっそく東堂に共有された資料に目を通すことにした。

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