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第30話 エピローグ
「ざーす」
「おう、はよー。お前このっ、休みを満喫しましたって顔しやがって」
「はい! しました!」
外は朝から、梅雨の気配も間近な曇り空。そんなどんよりとした天気とは無縁な声が、英京新聞本社の報道部フロアに響いた。
「まあ、熱血くんも今回はご活躍だったからなー」
「その呼び方、何回やめてくださいって言えば聞いてくれるんすか……」
二日ぶりに出社した将吾に、先輩社員たちから労いの声がかかる。適当にあしらいながら、将吾はそっとフロアを目で探した。
——いた。
こちらにはチラッと目線をよこしたきり、またPCの画面に集中している、眼鏡のインテリ美人……もとい、同期のエースたる、東堂流星。着替えやらの問題もあり、さすがに一緒に出社するわけにもいかなかったから、朝はバラバラに家を出た。
——まだ先だけど、いずれは一緒の家から出社したり、すんのかな……。
想像すると締まりがない顔になってしまいそうで、慌てて気持ちを切り替える。自分の机に到着すると、付箋が貼ってあった。
《出社次第、キャップと打ち合わせ》
東堂の字だ。今度こそ、ちゃんと目を合わせた。
「……了解です。では俺と小野で……」
二ヶ月ほど前にも、これと全く同じ光景を見た気がする。だけど、一つだけ違うのは。
東堂が将吾にチラッと視線を送った。将吾がこくり、と頷く。
「お前、俺の足を引っ張るなよ?」
「誰のことをおっしゃってるんですかね!」
我が意を得たりと軽口を叩き合う東堂と将吾に、高山が思わず吹き出した。
「お前ら、すっかりいいコンビになったなあ……」
孫の成長を見るような台詞に、東堂と将吾もつられて笑い出す。
「まあ、他の班に負けていられませんから」
挑戦的に言い放つ相棒は今日も格好良くて、たまらない。行くぞ、と声をかけられる前に、将吾も立ち上がっていた。
一つのヤマが終わればまた次が来る。
世の中に、報道すべき事件は毎日のように起こる。
その一つ一つに、真剣に向き合っていくことが自分の仕事だと改めて将吾は思う。自分達の仕事の背後には数えきれない人々の思いがある。それに向き合い、時にぶつかり。そうした巡り合わせの中で、自分もまた、前へ進んでいく。
そんな道のりの途中で、誰かと一緒に歩んでいくことになるのも、また巡り合わせで。お互いに背中を護り、戦い、傷つき……でもその時間は必ずかけがえのないものになると、将吾は確信している。
「おい」
いきなり横から声をかけられて、将吾は立ち止まった。何かと思えば、東堂が首元に手を伸ばしてくる。大人しくされるがままになっていると、どうやらネクタイを直されたらしい。
「さっき、言っただろう。今から行くのは」
「M山市議会議員事務所……」
「そういうことだ。舐めてかかられるぞ」
いや、ただの同僚なら、ネクタイ曲がってるぞ、と指摘して終わりだろう。手を出して直すなんて、普通はしない。
——無自覚、タチ悪い……!
にやけそうになる顔を無理やり引き締めて、将吾はもう見慣れた背中を追いかけた。
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