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04_狩り

 爽やかな青空。白い雲。優しい風。そよぐ草原。  どこかの観光地かと思える景色の下で、俺は今日も木の杖を振り回していた。 「どりゃぁぁぁぁ!!」  ゴルフみたいにスイングすると、ぼにょんと手応えがあるのかないのか分からない音を立てて杖がぶつかる。何度か同じ攻撃を食らっていたマスコットみたいな柔らか生物、プニンという名前らしい魔物はすうっと消えていった。ピロンとどこからともなく聞こえてきた軽い音と共に経験値を入手したらしい。  1って数字が空中に一瞬見えた。経験値1。十分弱も杖振り回して、1。 「はー、タイパ悪ー……」  朝からプニン狩りしてて流石に疲れた。んでもって小腹が空いた。  杖を支えにして、ずるずると地面に座り込む。ウエストポーチから一口大の乾パンを取り出して口に放り込んだ。ほんのり甘くて意外と美味い。    今日で冒険者登録をしてから十日くらい経っている。  初めて武器振り回して腕どころか全身が筋肉痛になってた杖ポコも、やっと体に馴染んできた。ひ弱で悲しくなるけど、何かを一日振り回すなんて体験をほぼしたことがないから仕方ない。そんな俺の腕には剣どころか杖すらキツかったんだから。  こんな展開になるなら、体育の選択で剣道とっとけばよかったなぁと心の中で呟いた。もうちょっと杖の素振り訓練を短くできたかもしれないのに。    ネットでパーティを組むゲームだったら、先輩冒険者が新米を連れてダンジョン潜ったりするもんだけど。  ちょうど大量発生した魔物の掃討クエスト発生中らしくて拾って貰えなかった。そういやそんなイベントあったんだよな。主人公の初期装備は剣だったから普通にボブ氏と一緒にクエスト受けてたけど。  僧侶な俺の頼みの綱、回復魔法はレベル5を超えないと使えないらしい。本気で今は職業名がついてるだけの村人A。そんな俺の世話をする余裕は、あちこちから魔物が攻撃を仕掛けてくるフィールドに赴く冒険者にはなかったのである。  モブ代表の我らが兄貴分、ボブ氏もやっぱりそっちのクエストに行くらしい。帰ってきたら狼の森に連れってやるからなと申し訳なさそうにしながら、他の冒険者とパーティを組んで出立していった。  それならちょっとでもレベル上げとこうと五日前からソロでプニン狩りしてるけど、今のレベルが3。  その前の五日間はボブ氏からの新米冒険者チュートリアル……というか杖で攻撃するための訓練だった。だからソロ実践は実質五日だ。それだけかけて、上がったレベルが3。  ウエストポーチの内ポケットに入れてるジョブカードを取り出した。  自分の名前と職業、適正なんかが書かれてる二つ折りのカードだ。いわゆるゲームのステータス画面的なアレ。なんかよく分からん魔法で、自分のレベルと経験値がリアルタイム表示されている。  経験値欄を見ると本当に1しか増えていなかった。どれくらい溜まったかは数値とゲージで分かるようになっているけど、経験値ゲージの色がついているのは左の端っこだけだ。 「うげぇ……先が長い……」  回復魔法を覚えられたら、回復する事でも経験値が入るらしい。スキルレベルも上がって一石二鳥だ。最悪パーティに入れて貰えなくても、外から戻ってくる冒険者相手にレベル上げ兼小銭稼ぎをしようと思ったんだけど。  そもそものスタート地点が遠すぎる。いつになったら回復覚えられるんだ俺。  ちょっとふてくされながら遠くに見える森を眺めてると、ひょこっと影が動いた。  また空気の読めないプニンが近付いてきたらしい。杖を握りなおして、そろりと近付いていく。  ……でも、その影はいつもと違った。  影が少し大きいし、近付くこっちに気付いたのか少し距離を取ったみたいだった。プニンは目があんまり良くなくて、こっちに気付かれる事ももうほとんどなくなってたのに。  よくよく目を凝らすと、影の形が違う。耳みたいなのがピンと立ってて、四足歩行で、細身。    俺の居た世界でよく見かける動物で言えば――犬みたいな。    思い当たった可能性に息を呑んだ時、ガサッとその影の主が姿を現した。  ピンと立った耳で犬みたいな見た目だ。だけど目は鋭いし、明らかにサイズがデカくて腰より上に頭がきそうなくらい。足に生えてる爪も、口から見える牙も、俺が知ってる犬よりかなり厳つい。あんなので引っかかれたら大出血すること間違いなし。  そしてアイツが出てきた方向にある森は、狼の森って呼ばれてる。  つまりだ。  このお犬様的なモンスターは、狼の森に棲んでるっていう魔物である可能性がすこぶる高い……って訳だ。  草原の近くにある狼の森にはウルフって魔物が住んでいて、時々迷いウルフが出てくることがある。プニンが最大でもレベル3程度なのに対して、ウルフは5以上。杖装備の俺じゃ対処が難しい。  だからプニン狩りをしたいって言った時、メアリさんから注意事項を聞いていた。    一、ウルフは生き物の血や倒れた魔物のにおいに寄ってくる習性があるので、ずっと同じ場所で狩をしないこと。  二、それらしい影を見たら、そっと離れること。   「やばい! 同じ所に居すぎた!!」  慌てて村の方向へ駆け出す。  やってしまった。同じ場所でプニン狩りしまくったし、思いっきり俺からウルフに近付いてしまった。  メアリさんの注意事項のラストを思い出しながら、オタク帰宅部の走り慣れない足を必死で動かす。    三、ウルフに遭遇したら立ち向かおうとせず、村まで一目散に逃げること。    村の周りにある塀から少し外側には警戒線があって、それを魔物が超えてくると村の中に居ても分かるらしい。それを合図に冒険者がヘルプに出たり、塀の中から村人が飛び道具で攻撃するんだそうだ。始まりの村って名前の割に物々しい仕組みである。  でも、そこまで走れば逃げ切れる。倒れ込むなら村の中だ。    今にも止まりそうな足を動かしながらウルフから逃げる。  何とか追い付かれずに走れてるけど、村も全然近付いてこない。村を出る時に見た地面の警戒線は結構分かりやすかったのに、走れど走れど草むらが続いて地面が見えない。  おかしい、もうとっくに村に着いててもおかしくないのに。    そう思って顔を上げると目の前に見えたのは――森だった。  遠くに見えてたはずの狼の森が近付いてくる。  絶対に近付くなって、メアリさんとモブ氏からきつく釘をさされた冒険者の登竜門が。 「ちょっ何で!?」  慌てて方向を変えようとするとウルフが回りこんでくる。右に行こうとしても、左に行こうとしても、身軽に走るラインをずらしながら妨害してくる。  どうしても思うように走れなくてやっと気づいた。逃げてるつもりだったけど誘導されてただけだったんだ。  そこまで分かってもどうしたらいいのか分からなくて、結局ウルフに追い込まれたまま森の中に足を踏み入れてしまった。  両側に茂る木が大きくなるにつれて道が細ってくる。頑張って走れば走るほど狭い道に入っていく。追いかけてくるウルフの足音が増えてる気もする。  森のあちこちから遠吠えが響き始めて泣きだしきそうになりながら、何とか足を追い立てて前に進む。  でも。 「う、そだろッ!?」  大きな樹の根本で、道が途切れている。  思わず減速してしまった所に真後ろを走っていたウルフが体当たりしてきて、ドカッと正面から地面に突っ込んでしまった。  慌てて振り返ると目の前にはウルフが四匹。唸り声を上げながらじりじり近付いてくる。  左右の茂みからもう二匹出てきた。追いかけてきてた奴らよりちょっと小さくて、こいつらは子供かもしれない。 「もしかして、ここ……巣……?」  ざぁ、と血の気が引いた。  完全に食料じゃん俺。教育番組の動物ドキュメンタリーでたまに見る、肉食動物に引き倒された草食動物じゃん。そんな事を考えたせいか時々ノーカットで出てくる捕食シーンが頭に浮かんで、思いっきり頭を左右に振った。  冗談じゃない、こっちは元の世界で死んでるかもしれないのに。  やっとこの世界に慣れてきたところで、今度は魔物に食い殺されるなんて冗談じゃない。  死ぬなら楽しい異世界ライフ満喫してからだろ。    ……いや、それでも死ぬのは嫌だけど。

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