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05_謎の剣士
「い、一対六とか卑怯すぎだろっっ!」
杖をぶんぶん振り回しながらウルフと距離を取る。
近付いてきた小さい方が杖にぶつかって犬みたいにキャンって鳴いたけど、大きい方はじっと俺を見ながら当たらない範囲で近付いてくる。まるで飛び掛かる隙を狙ってるみたいに。
どうにか出来ないかって頭は考える。だけど杖一本持ってるだけの自分でどうにかなる想像が全然できない。火でもつけられれば別だけど、そういう魔法は魔法使いのスキルだ。
僧侶、マジで職業ガチャのハズレにも程がある。
夢中で杖を振り回してると、トスンと背中に硬い感触が当たって。
そろりと視線を動かすと、背には大木がすぐそこまで迫ってきていた。
「ヒッ!?」
ウルフが大きく吠えて、飛び上がった瞬間足を根っこに引っかけてしまった。
倒れ込んだ所に一匹が飛び掛かってくる。何とか杖で喉を突いたから押し返せたけど、もう一匹が代わりに飛び掛かってくる。全員では襲ってこない。いたぶるみたいに一匹ずつデカい方の狼が仕掛けてくるのだ。
もう半泣きで杖を振り回していた。段々手がしびれてきて、唯一の拠り所がすっぽ抜けて飛んでいく。
「あっ!?」
カランと杖が音を立てると同時に、ここぞとばかりに二匹が飛び掛かってくるのが見えた。
……無理だ。
一匹でも杖があって何とか押し返してたくらいなのに。杖無しで二匹も来られたらどうにもならない。
ドキュメンタリーで見た体を引き裂かれて食われてく草食動物が自分と重なって、もう何も力が入らない。自分に向かってくる爪から目を離す事が出来なくて。鈍く光るそれをじっと見つめたままへたり込んでしまった。
――と。
ギャン!と短い悲鳴を上げて、飛び掛かってきた二匹が地面に転がった。
恐る恐る落ちて行った方向を見る。その先には腹が大きく開いたグロ画像と血だまりが広がっていて、鉄臭さに思わず口と鼻を抑えた。何が起きたのか全然分からなくて吐き気が止まらない。
「情けのない冒険者だな」
何故か人間の声がして、思わずそっちを見ると黒い人間が立っていた。
その人間は手に剣を持っている。赤い液体がついてるってことは、さっきのウルフを斬ったのはこの人間なんじゃないだろうか。
急な救いの手に、張り詰めてた緊張がぷつんと切れた。本格的にぼろぼろと目から涙が落ちてくる。
「安堵するのはまだ早い」
呆れたように溜息を吐いたらしいその剣士は、残ったウルフ達に視線をやった。
残ったデカい二匹と小さい二匹が明らかに怒った様子の唸り声を上げて地面を蹴る。だけど跳んでくる途中で全部地面に落ちた。落ちた先の光景はさっきと同じ。むしろ小さい方は真っ二つになって血の海に沈んでいて、グロ画像ぶりは悪化している。
「う……ッ、ぇ……!」
耐え切れずに胃の中身をひっくり返してしまった。吐き気に苦しむ俺の頭上で、ピロン、フイィーンと間抜けな音がする。SEが音もタイミングもクソすぎだろ。
近付いてくる足音に慌てて顔を上げると、黒い剣士が近付いてきていた。
黒い髪に黒い目、着てる服も黒が基調。肌は血色悪いんじゃねってくらい白いけど、遠目に見ていると黒い。全体的に黒い。
「ろくに戦えないくせに、何故この森に来た」
「好きで……来た、んじゃないっ……」
何とか拾えた杖を掴んでぎゅうっと握りしめた。
好きでこんな所に来たんじゃない。のんびりプニンを狩ってただけのはずだったんだ。
そもそも冒険者にだって好きでなったんじゃないのに。
その剣士はしばらく無言で俺を見てたっぽいけど、すぐに剣をヒュンと一振りして反対側を向いた。
……さっきの二倍以上はいそうなウルフの群れが、すぐそこで牙をむいて威嚇していたから。
怖さで縮こまってる俺をよそに、黒い剣士はウルフの集団を切り伏せていく。
踊るみたいに舞う剣は血をまき散らした。剣士から血の臭いがするせいか、ウルフ達はノーガードの俺ですら眼中にないらしい。次々と勢い良く剣に向かっていっては血の海に沈んでいく。
また剣がヒュンと一振りされた頃には、ウルフの死骸で地獄絵図が出来上がっていた。
不本意ながら慣れてきたのか、吐き気が少しずつましになってる気がする。鼻が馬鹿になって濃い血の臭いが分からなくなってきたのもあるかもしれない。人間の適応力ってスゲェ。
もう一度近付いてきた剣士は無言で手を出してくる。立てって言いたいらしい。
素直にその手を取った俺の手の平は、じっとりと赤く濡れていた。
これってウルフの返り血なんだろうか。見知らぬ恩人はダメージ受けたりしてないんだろうか。結構派手にやり合ってたけど。
「あの。助けてくれて、ありが……えっ」
「……? 何だ」
思わず固まった俺の視線の先には、剣士の体力ゲージ。
プニンと戦ってて、時々レベルや体力ゲージが見えるようになった。ちょっと頑張って目を凝らさないとダメだけど。あとどれくらいになるかって目安になるから便利に使っていた。
ダメージ食らってそうなら薬草を押し付……分けようと思って使ってみたけど、それどころじゃない。
すげぇ平気そうな顔してるけどゲージの色のついてる部分がすげぇ端っこ。ほぼ体力残ってない。
「瀕死! アンタ瀕死じゃん!?」
ゲージがギリギリ見えるかどうかの域なんて、大体のゲームで瀕死状態のレベルだ。
慌てて腕を掴んで森から全速力で脱出して、見晴らしのいい草原で立ち止まる。不思議そうな顔で小首傾げてる剣士に薬草を手渡すと。
頭の中に文字が浮かんだ。
「――治癒の雫 ……?」
ぽつりと文字を読むと、俺の手がぼんやり光った。すると剣士の体力ゲージが少し右に伸びる。
何度か同じ言葉を呟く。繰り返しその言葉を口にするほどゲージが右に伸びていく。
……回復魔法だ。
慌てて自分のジョブカードを出すと、レベルが6になっていた。
いつの間にか回復魔法を覚えるレベルを超えてたんだ。剣士が戦ってる間あれこれ鳴ってた空気の読めない感じのSEは、レベルアップとかスキル覚えた音だったのか。
すぐに剣士のゲージが満タンになるまで回復魔法を使いまくってその場から離れた。使いすぎて魔法を使うための精神力ゲージがゼロになってしまったけど、村まで戻れば問題ない。
ウルフや他の魔物が追いかけてきやしないかとビクビクしながら、狼の森から早足で離れたのだった。
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