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06_誰が薬草だ誰が!!
森を背にして無心で草原を歩いていると、進行方向に村の建物が見えてきた。
「えーと、とりあえずその、助けてくれてありがとう」
「ウルフ退治の合間に見つけただけで、お前を助けた訳ではないが」
肩の力が少し抜けて、途中で強制終了させてしまった感謝の言葉をもう一度言う。すると黒い剣士はきょとんとした顔で首を傾げた。
「でも、俺は助かった。レベル上がって回復魔法も覚えられたし」
「……魔法も覚えずあんな所に居たのか。無謀の極みだな」
本気で呆れたって言わんばかりの表情に見つめられて、ぐうの音も出ない。
だけど自分だってウルフの大群相手に瀕死状態になるまでやり合ったくせに。無謀すぎんだろ。
そうは思ったけど、助けられた上にボロボロ泣きながら胃の中身リバースしてた自分の醜態を思うと……何ひとつ文句は言えなかった。
「お前は私が恐ろしくないのか」
「え、何で?」
急な質問が飛んできて、今度は俺が首を傾げた。まぁ平気そうな顔で瀕死になるまで戦ってるのはちょっと怖い気もするけど。ついさっき食い殺されそうになったばっかりのウルフの方がよっぽど怖いだろ。
向こうから話題を振ってきたくせに、俺の返事を最後に目の前の黒い男は黙りこくってしまった。かさかさと草を踏む音だけが響く。何なんだと様子をみてると急に顔を上げてこっちを見た。
「ちょうどいい、私の薬草になれ」
「は?」
思わず立ち止まる。
言ってる事が一つも理解できない。
何がちょうどいいんだよ。そもそも薬草になれってどういう意味だ。
たぶんイラっとした声になってたと思うんだけど、そんなのはまるで気にしてないみたいだった。
「ちょうどいいから私の薬草になれ」
「…………ハァ!?」
同じ事言えって言ってんじゃねぇよ。
だけど黒い剣士は真剣な顔のまま、顔を歪める俺を見下ろしていた。
問1 薬草になれ、という言葉の意味を答えよ。
答1 分かるかそんなもん!!!!!
目の前の黒い剣士の言葉を紐解いてみようと思ったけど、無理だった。ただ人様をアイテム扱いする失礼千万野郎だって事だけは分かったけど。
「誰がハイなりますって答えると思ってんだ! ならねぇわ! 人をアイテム扱いすんな!!」
自分で言ってて腹立ってきた。ほぼ初対面の人間に何てこと言ってんだ。
そりゃ助けて貰ったけど。俺はその分覚えた回復魔法で瀕死状態だった体力を回復させてやった訳で。一方的に俺が借りを作ってる訳じゃない。なのに俺が物扱いされてるのはおかしいだろ。
「私が前衛に立ち、お前が後衛で回復をする方が効率がいい」
「やなこった! 歩く薬草扱いなんて御免だね!」
さっきまで恩を感じていたのも忘れて、腕を組んでフンッと鼻を鳴らす。
要するにパーティ組まないかって話っぽいけど、アイテム扱いしてくる奴と組みたいなんて思わない。減らない薬草のノリでこき使われそうだし。
「ならば聞くが。お前は一人で行動しているのだろう? ろくに自衛も出来ぬようだが、そんな体たらくで旅を続けられるのか」
「うぐっ……」
すげぇ痛い所を容赦なく突かれて、文句を言おうと開けてた口が勢いよく閉じてしまった。
僧侶の杖ポコじゃ自衛なんか全然できない。回復魔法は覚えたけど、助けてくれる相手が居ないと自分の精神力が尽きれば詰む。だから攻撃スキルの乏しい回復職はソロプレイの難易度が高くなるんだ。
上手くパーティを組めればいいけど、今回みたいに拾って貰えなかったら冒険自体が出来なくなってしまう。
「そもそも回復魔法を覚えられたのは、私がパーティ状態でウルフの群れを倒した経験値が入ったからではないのか」
「うぐっっっっ!!!!」
何の反論も出ない。その通り過ぎて。
俺が五日かけて稼いだ経験値よりもはるかに多い量を、黒の剣士は狼の森の戦闘十数分で稼いだのである。そして俺はそのおこぼれでレベルが上がり、回復魔法を覚えた。
……やべ、よく考えるとめちゃくちゃ借り作ってる……。
悔しすぎて睨む俺に気分を悪くする様子も、馬鹿にする様子もなく。黒の剣士はただ真顔でこっちを見ていた。
「私が魔物から守ってやる」
俺の態度なんてどこ吹く風で、ただ淡々と口が動いている。
瀕死になりつつあの数のウルフを一人で倒しきってしまったし、確かに強んじゃないかと思う。他の冒険者と組んだことないから深くは分からないけど。
じ、と顔を覗き込まれて視線が逸らせなくなってしまった。
やたら顔面が美形な以外は黒目黒髪の日本人に見えるのに、見つめてくる目の黒には宝石みたいに鮮やかな赤色がきらきらと見え隠れしてる。こういう所はやっぱファンタジー世界の登場人物だ。
「だから、私の薬草になれ。一人で戦うより多く経験が積めるぞ」
手袋を外した左手が、少し遠慮がちに頭を撫でた。
「うぐぐ……休憩はちゃんと取らせろよな」
「魔物に囲まれていない限りはな。……この話、受けるか?」
「ん……」
大量発生した魔物の討伐依頼は、討伐が出来ているかどうかの経過観察もあるから結構期間が長いらしくて。その間一人でまたプニン狩るのかって考えて。
さっきまでの断固拒否が嘘だったみたいに、こくんと頷いてしまった。
いや、まあ……その。
俺、僧侶だし。攻撃手段ないし。ウルフにまた一人で遭遇したら今度こそ死にそうだし。
ボブ氏はチュートリアルの人だから、多分村からは出ない。主人公は一人で旅立って次の町でパーティ組んだはずだ。
僧侶の俺じゃ野良パーティ組めるか分からないし、実力の分かる仲間の常時パーティは有難い。背に腹は代えられない。
だから仕方ないんだ。
守ってやるって言われたんなら俺に向いた魔物のヘイトも引き受けて攻撃肩代わりくれるだろうし。理詰めして誘ってくるってことはコイツも仲間になって貰えなくて困ってる可能性高いし。それなら俺のレア度も上がって待遇もよくなるかもしれない。諸々の合理的判断ってやつをしただけであって決してまた一人に戻るのが寂しかった訳じゃない。
誰にしているのか分からない言い訳を心の中でひたすら繰り返しながら、黒い剣士の後について始まりの村へと帰ったのだった。
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