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08_出立準備
黒い剣士はエルと名乗った。
直前にもっと長い名前言いかけてたけど、ちょっと考えてエルって言い直したのだ。どう考えても訳アリっぽい。
一瞬パーティ組んで大丈夫だったんだろうかと不安が過ったけど、よく考えると俺も訳アリだった。しかも下の名前は読みやすいように微妙な間違いをされたまま逆輸入して名乗っている。
あんまり人のこと言えねぇ。
注意深く観察はするけどな! ヤバそうな奴だったら経験値貰えるだけ貰ってトンズラだ!
とりあえず、聞き出せる所まで情報聞き出さないと。地雷とかも知っておきたい。うっかり踏んでダンジョンの真ん中で置いてけぼり!?みたいな展開は避けたいから。
「で、エルは目的地とかあんの」
道具を調達しに雑貨屋へ向かいがてら、しれっと聞いてみた。
「王都に行く」
「それって遠いのか?」
……。
…………。
また会話が途切れて沈黙が落ちた。何でそこで止まるんだよ、答えにくい質問してる訳じゃないだろ。止まりどころがイマイチ掴めない。
しばらくして、黒い剣士はじっと前を見たままポツリと答えた。
「分からない」
「へっ?」
「気がついたらあの森に居た。この村と王都の正確な距離は把握できていない」
あれ?
なんか俺と似たようなこと言ってない? いきなりウルフの森とか嫌がらせみたいなスタートしてるけど。
でも戦ってた。当たり前に戦ってて強かった。この世界の事を知らない訳じゃなさそうだし、何も分からない俺とは違う。なのに、どこか似てる。
……変な感じだ。
気がついたらワープしてたなんて、もしかしたら言いにくかったのかもしれない。俺も厄介な状態だからフーンで終わるけど、普通に生活してる人からしたら何言ってんだコイツ案件だろうし。
「えと、あの森の前は何処に居たんだ?」
「王都付近だ」
「へー、王都へ向かってたらウルフの森に居たって感じか」
「そんなところだな」
そこでまた会話が途切れた。もう限界だ。ずっとオタク仲間とワイワイしてきた俺には、明らかに属性の違う奴と初対面でぺらぺら会話するスキルなんかない。
二人とも黙ったまま歩いていく。沈黙を気にしないタイプなんだろうか。だとしたらいっそ気が楽かもしれない。
雑貨屋に入ると先客の冒険者パーティが居た。戦士っぽい二人と魔法使い一人とボブ氏だ。
うーん。ボブ氏もガタイ良いと思ってたけど、戦士風のムキムキマッチョと並ぶと村人感が強いな。
「ん? コータじゃないか」
穏やかに笑いかけてくるボブ氏だったけど、隣の剣士を見てちょっと顔が固まった。戦士二人は何だ何だと見てるだけだけど、魔法使いはただでさえキツい目付きが余計にキツくなっている。眼鏡の度合ってないんじゃねぇの。
「……その人は?」
「あ、えっと。パーティ組む事になったんだ。エルっていう剣士で……剣士だよな?」
「ああ、相違ない」
訳アリの内容云々の前に基本的な事聞いとけよ俺。ボブ氏の顔がまたコイツ変なこと言ってんな……って感じになってるじゃんか。
「……大丈夫なのか?」
ほら、やっぱり心配された。
「大丈夫大丈夫、意外と強かったし! 瀕死だったけど!」
パーティ組んでる相手の戦い方も分からずに組んでる訳じゃないとアピールすべく、思いきって声を大にする。けど、テンパって余計なことを言ったせいでボブ氏の顔がまた渋い雰囲気なってしまった。
「狼の森に回復手段も持たずに来るよりはマシだと思うが」
「狼の森……?」
「あっ馬鹿っ!」
少しむすっとした顔で口を挟んだ仲間の言葉に、ボブ氏の顔がビキッと引きつった。
やばい、この展開は見覚えがあるぞ。
メアリさんと同じパターンに突入しようとしてるぞ。
「コータ! あれほど一人で行くなと言ったのに!!」
案の定スイッチが入ってしまった。一気に説教モードになったボブ氏が、親父みたいに首根っこを掴んでくる。
「ぁわーっもういい、もういい! メアリさんにめちゃくちゃ怒られたからもういいーっ!!」
「いい訳があるか! ここに座れ!!」
店の端に引きずられて、隅っこに追いやられてしまった。
ムキムキマッチョな二人は頑張れ!と爽やかに笑ってるし、眼鏡魔法使いはまた始まったと一言こぼしてため息をついている。止めてくれよボブ氏の仲間なら。
「ううっ……エルのアホ――っ!」
ボブ氏に睨まれて床によろよろと座りながら、少し離れて一人笑いを堪えてる黒い剣士に心の中で中指を立てた。
ボブ氏から店の端っこで説教を受けること十数分、ようやく解放された。
めちゃくちゃ恥ずかしかった……説教食らってる間に代わる代わる冒険者パーティが買い物しにくるもんだから、仁王立ちしてるボブ氏の前で正座してる俺は完全に公開処刑だった。
いや、うん……そもそもはメアリさんの忠告ガン無視した俺が悪いんだけどさ。
ちらりとエルを見ると、今度はあっちがボブ氏に捕まってるみたいだった。色々質問責めにあってるっぽい。珍しく困惑した顔だ。
俺を見捨てて笑ってるからだ。ざまぁみやがれ薄情者!
「お前も馬鹿だなぁ。ボブのアニキとメアリ姐さんはここの冒険者の顔役なんだぞ。忠告はちゃんと聞いとけ」
「うう、それについては反省しております……」
足がしびれて動けずに座り込んでると、急に両側からムキムキ戦士の顔が現れた。二人ともいつの間にか座ってたらしい。つんつんと俺をからかうように頭をつついてくる。
「しかもあんな得体の知れないのを連れてくるんだもんなぁ。そりゃ心配されるだろうよ」
「冒険者って大体そんなもんじゃないんすか」
「この村の奴らはほぼ顔見知りだから余所者に敏感だ。しかもあんな黒一色とくれば警戒もする」
眼鏡の魔法使いも混ざってしゃがみこんできた。この絵面シュールすぎる。
でもまぁ、確かに漫画やアニメでもエルみたいな全身黒ずくめは怪しい人物として出てくるよな。この世界は赤やら緑やらピンクやら、カラフルな髪や目の人が当たり前にウロウロしてる。だから全身黒は余計に目立つ。
ザ・日本人な黒髪黒目だった俺ですらキミツナイズされて、青っぽいグレーの髪に青い目っていうファンタジー全開な外見なのに。アイツ絶対何か秘密持ってる。特撮で言うとブラックの立ち位置っぽいもん。
そんなことをボンヤリ考えながら眺めてると、話が終わったらしい。ボブ氏がこっちに歩いてくる。
「座り込んで何やってるんだお前ら」
「アニキの話がなげぇんだよぉ」
素直にありのまま伝えるムキムキマッチョの背が低い方。何のオブラートも無しかよとビクビクしてると、ボブ氏はぶはっと吹き出して大声で笑い始めた。
「悪い悪い。見ない顔だったから、つい根掘り葉掘り聞いてしまってな」
……ん? 俺はそんな覚えないぞ。
そりゃ名前とかどこから来たのかとか聞かれたけど。エルみたいにアレコレ質問された記憶はない。
「俺の時はそんなに聞かれなかったのに」
「大人しくプニンに襲われてる奴が村に何か出来るとは思えなかったからな」
「うぐっ」
なるほど。
ボブ氏は見境なく人助けするタイプだと思ってたけど、さすがにそんな極端ではなかったらしい。エルはちゃんと戦う力のある流れ者に見えたけど、俺はただプニンにガチで襲われてた村人Aに見えたわけだ。その通りである。
どうせ非力な一般人だよといじけていると、両脇のムキムキマッチョ二人が仲良くガハハと大声で笑う。
「プニンなんざガキでも殴るってのになぁ」
「お前は歴代最弱の余所者だもんなー」
ぐりぐりと両側のマッチョに交代で頭をかき回される。物凄く不本意だけど否定できない。子供でもプニンは狩り遊びの的らしくて、広場に素手で何匹倒したかのランキングがあるのだ。
つまり俺、小学生くらいの子供以下。プニン狩りの年季が違うので当然レベルも下。高校生なのに。
正真正銘この村最弱の若者なのである。
「……旅に出るんだな、コータ」
あれ、その話してなかったのに。エルから詳しく話を聞いたんだろうか。
ボブ氏が目の前にしゃがみこんで、わしわしと頭を撫でてくる。と、思ったらぽすんと取られてた帽子が頭に乗っかって。
「気を付けてな。たまには顔見せに戻ってこいよ」
そう言って渡されたのは、少し爽やかな匂いのする草の袋だった。
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