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09_異世界の街
ボブ氏や先輩冒険者のアドバイスを受けながら準備をして、次の日の朝に村を出た。プニンやウルフがぱらぱらと出てくるけど、武器を持ってるエルには全然敵わない。
1とか2とかのカスダメ蓄積は俺の魔法で回復して、道を阻むモンスターを蹴散らしていく。ウルフの森での騒ぎが嘘みたいに順調だ。
……いや、序盤って本来こうだよな。ウルフの大群が出てきたりするのが早すぎたんだよ。あんなのハードモードにも程がある。
そんなこんなでひたすら道を歩いて半日ちょい。無事丘の上にある最初の街に到着していた。
がやがやと人が行き交うレンガの道には、ファンタジーでよく出てくる幌のついた馬車が停まっている。コンテナは木箱だし、近くの露店はヨーロッパの市場みたいな雰囲気だ。
分かってたけど日本感、ゼロ。
近くの馬車に繋がれてたのは本物の馬だ。昔遊びに行った牧場とか動物園くらいでしか見たことない。しかも柵もない状態で見たのなんて初めてだ。
珍しさでじーっと見てると、馬と目が合った。急にヒヒン!と鳴いて帽子を小突いてくる。
「うわっ!? このっ、なにすんイテッ!」
ブヒヒンブヒヒンって鳴き声と一緒に、コンコンコンコン顎で頭を小突かれる。地味に痛い。
「遊ばれているな。プニンといい、お前は相手にナメられる体質なのか」
「嫌だよそんな体質!」
エルが近くにやってくると、馬は嘘みたいに大人しくなる。そっと頭を撫でられて気持ち良さそうにヒヒンと軽く鳴いた。
「こっ、この馬畜生め……」
俺はゴスゴス小突いてきたくせに、エルの手には頬擦りしてやがる……その態度の違いは何なんだコンチクショウ。
「ひとまず武器屋で装備を揃えるぞ。あの村のものはほぼ日用品だったからな」
荷物満載にして街の門を潜っていった馬車を見送ると、エルはそう言って歩き出した。
日用品て。まぁ確かに武器は全部木製だったし、防具もあるのは布の服とアームガードくらいだったけど。
置いていかれないようにエルの後ろについて歩く。足が長い奴は歩幅もデカイ。むかつく。
だけど視界に入るファンタジー全開の街並みのお陰でムカつき度合いは高くない。
ヨーロッパみたいな石造りの四角い建物に、支柱もなく宙に浮いてる街灯みたいな灯り。露店には肉や野菜みたいな食べ物から、村でも見た薬草の袋、果てはおまじないグッズみたいな怪しいアイテムまで色々並んでる。ボブ氏からしこたま貰った薬草の袋もずらっと並んでいた。
一度は夢見たゲームの世界。こんな訳の分からん異世界転生みたいな状態じゃなきゃ大歓喜だったのに。
「おい」
「ん? 何だよ」
「キョロキョロしているとスリや人攫いに遭うぞ」
「ぶ、物騒なこと言うなよな!」
真顔で言うエルの言葉が、冗談なのか本気なのかは分からない。でも初めてメアリさんと会った時に、俺を見て「奴隷商人から逃げてきたのだろうか」的な事を言ってたのを思い出した。
……日本だとありえないけど、この世界ではありえる事なのかもしれない。杖振り回すのですらキツいのに、過酷な肉体労働なんて無理だ。本気で死んでしまう。
そう思うと背筋がうすら寒くなって、慌ててエルの近くに張り付いたのだった。
目的の武器屋を見つけて入ると、そこは文字通り武器屋!!って感じの内装。
壁に飾られた剣に槍に弓。銃みたいなのもある。無造作に置かれた武器類は見本みたいなやつだろうか。何人かの厳つそうな戦士とすらっとした剣士が、何かを確かめるみたいに武器をヒュンヒュンと振り回していた。
奥にはでっかい炉みたいなやつとか、何に使うのか想像も出来ない道具類が転がっている。
「ほえー、これぞファンタジー世界……」
店の中なら大丈夫だろうとキョロキョロしながら眺めてると、店主っぽいムキムキと話してたエルがこっちに来いと手招きをしてくる。
「落ち着きがないな。さっさと来い、薬草」
「何回も俺の名前教えただろ! コータだコータ!!」
「騒ぐな薬草。さっさと来い」
断固として薬草呼びを改める気は無いらしい。徹底的にアイテム扱いしやがって。ホントむかつく。
苦笑する武器屋のムキムキ親父さんにサイズを合わせて貰って、僧侶アピール全開な服の下を魔法が織り込まれてるっていう布のやつに着替えた。ブーツもしっかりした革になって、装備品!って感じが凄い。
杖も何本か持たせて貰って、ただの木の杖が握って振りやすい軽めの金属と木を組み合わせた杖になった。
「凄っ、持ちやすさが全然違う」
「この杖は軽量特化の杖でな。打撃力のない非力な魔法使いや僧侶、鍛練を始めたばかりの女性冒険者に人気の商品だ」
あっちょっと今ささやかに傷ついた。どうせ非力だよ俺は。
「あれ、エルは選ばないのか?」
「そこの兄ちゃんのは、悔しいがこの店にある商品より良い業物だな」
「……ちぇ、ずっるい」
でも不思議だ。エルのレベルは俺と変わらないのに。
王都近くに居たとはいえ、そんなにいい装備を持ってるものなんだろうか。良いものはレベルが上がらないと使えなかったと思うんだけど。
本当に、何者なんだろうアイツ。
疑問半分、ひがみ半分で同じ建物にある道具屋の品物を見始めた仲間を見つめる。だけどその答えは見つかるはずもなく、買い物を終えたエルに飯に行くぞと声をかけられて店を出た。
エルについて歩くけど、どんどん裏路地みたいな所へ入っていく。
「な、なぁ、店がなくなってくんだけど」
あんなに大通りは賑やかだったのに。行けば行くほど裏口って雰囲気になって、勝手口すら無くなっていって。
人攫い云々って話もあったから、さすがにちょっと怖くなってきた。いやエルが居るから返り討ちに出来そうだけど。コイツが味方で間違いないなら。
「この街は市場が自慢らしいからな。せっかくなら飯はそこで食えと店主が言っていた」
「市場? 夕方に市場なんて」
ぶつぶつ言いつつ路地を抜けると、ぱぁっと視界が開けた。
大通りから外れた広場に、露店やら移動式の屋台が並んでいた。日本的に言うとキッチンカーってやつだろうか。
派手な装飾にデカイ料理の看板。あちこちから漂ってくる食べ物のいい匂い。そこらじゅうにあるノボリには料理市って書いてあった。
市場っていったら港の朝早い時間にやるやつくらいしかイメージなかったけど……なるほど、食べ物フェス的な市場なんだな。
テンションが上がって色んな屋台を見て回った。んで、あちこちで小さい容量のやつを買って、沢山食べて。
きっとこういう需要あるんだな。どの屋台も小分けされたのがいっばい並べられている。
「ほら」
「! 肉!!」
食べ終わった容器を畳んでると、目の前に串に刺さった肉が出てきた。タレがつやつや光ってる焼鳥みたいなやつ。
「街の名物だそうだ。この辺りの地鶏だと言っていた」
「うひょー! 絶対美味しいやーつ! いっただっきまーす!!」
もう何度目か分からないいただきますを唱えながら、目の前の食べ物にかぶりついた。
串から抜き取った肉を噛むと肉汁がじゅわっと出てくる。塩気のきいたタレと混ざってほんのり甘さが強くなって。肉もぷりぷりしてる。
めちゃくちゃ美味い。やっぱ肉は最高。
もごもご肉を咀嚼してると、周りがちらちらこっちを見てるのに気がついた。
「? 何なんだろう」
「お前の食べ方はもはや餌付けされる動物だからな」
「!!」
はっと我に返る。何も考えずにエルが差し出してる肉に食らいついてた。しかも地味に食べやすいよう肉をずらして貰っていたりする。
これじゃ良くて小さな子供、普通に見るならエサ貰ってる動物だ。牧場とかで人参貰ってる馬じゃん。
そりゃ見るよな。見るわ、俺でも。
恥ずかしさを今更感じながら串を受け取った。無言でもしゃもしゃ肉を頬張ってると、エルがちょっと笑ってる。
「んだよ、ちゃんと人間の食い方してるだろ」
「いや、頬に木の実を限界まで詰める小動物だな」
「っな!」
何だとこの野郎。ハムスターがヒマワリの種頬張ってるアレだって言いたいのか。
「口周りを汚している分、小動物以下だ」
くつくつ笑うエルの指が頬に振れると、俺についてたであろうソースが指にべっとり付いていた。当たり前のようにそれを舌で舐め取ってて、不覚にもちょっとドキリとしてしまう。
この、この嫌味キザ野郎め……ッ!
そういうのが許される顔しやがってぇぇ!
やけ食いで腹をパンパンにして宿に戻った後、ふと考えた。
「俺……何もしてなくね……?」
宿はエルが取ってくれたし、雑貨屋でも武器屋でも屋台ですら金払った記憶がない。俺のもん買ってたはずなのに。
完全に至れり尽くせりで意識する暇もなかった。
いかんいかん。マジで飼育されてる動物か薬草じゃん。これはまずいだろ、高校生を卒業しようという年代として。
「えっ、エル! 武器屋と飯のお代払う!」
「お前に代金を払う資金などあったか」
「えっ。……………………ないです」
「だろうな」
そうだった。俺こっち来てからプニンを自主的に狩ってただけだ。プニン退治なんて簡単な依頼はないから、あいつらが落とす1ゴールドを地道に集めてメアリさんに渡していた。面倒を見て貰う生活費代わりに。
当然、資金どころか財布の中身は何もない。そもそも財布がない。
「余計なことは考えなくていい。お前は薬草に専念していろ」
ぽすんと頭から布団を被せられて、ぽんぽんと頭を軽く叩いてくる。前は見えないけどエルの声は優しい。
悔しいけど心強い。物凄く。
「くうっ……今に見てろよお……」
エルが稼いだ経験値でバリバリ回復魔法覚えて、ガポガポ報酬稼いでやる。
そう思いながら布団にくるまって、ものの数分で眠りに落ちた。
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