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19_まさかの君も転生者!?

 しーんと過去最高に気まずい雰囲気でこの場が静まり返って、一同ぽかんとサナを見る。 「は? え? エルが魔王って……何言ってんの」  だってそんなのおかしい。魔王は倒されたって皆言ってるのに。  エルはちゃんと温かいし、足あるし、生きてるし。幽霊ならカスダメ溜めまくって死にかけたりしないだろ。  俺達の視線に、この場を凍らせた犯人はうーんと唸る。 「この際ネタバレすると、エル様って1のラスボスポジなんだよね」 「え」  さすがにこの台詞には俺以外反応しなかった。全く意味が分からん、とレティの顔にはハッキリと書いてある。 「お兄様の婚約者に恋をしてしまうけれど、叶うはずもなく。横恋慕を理由に謀反を企てたって嫌疑をかけられて追放されてしまうんだ」 「っ、おい!」  周りの様子なんか気にする様子もなく、大袈裟な身振り手振りで語りだすサナ。するとエルの顔色が急に変わった。  結構大きな声だったのに怯む様子もない。猪系女子のハートが強すぎるんだが。    ふと見ると、エルの手がギリギリと痛そうなくらいに柄を握りしめていた。 「絶望したエル様は魔王の亡霊に憑りつかれて」 「やめろ!!」 「キミツナ1の主人公と勇者一行に、魔王として討伐されてしまう」 「貴様……ッ!」  鋭く空気を斬るような音を立てて、エルの剣が鞘から躍り出た。今すぐにでも斬りかかりそうな腕を何とか捕まえて押さえつける。 「エル! ちょっと待って落ち着けって!!」 「離せ!!」  ふーふーと興奮した様子のエルが俺を睨む。こんなに怒った顔見たことない。迫力に圧されてカタカタ震える体に全体重をかけて何とか踏ん張るけど、今にも弾き飛ばされそうだ。  それなりに体重のある奴が腕にぶら下がって座り込んでるのに、エル自身は全然びくともしない。そんなマッチョに見えないのに。 「剣を抜くほど動揺するという事は、本当の事なんですのね」 「ッ……」  レティの静かな言葉を受けたからか、剣は重力に従って下を向いた。だけど険しい顔で剣を握る手はずっとギリギリと柄を握り込んでて。  少し血が滲んでるのを見つけて、尻餅をついたまま慌てて手を掴む。回復をかけると、ゆっくりとその手から力が抜けていった。    少しエルが落ち着いたのを見計らって、腕を体の前で組んだレティが口火を切る。エルほどじゃないけど、やっぱりその顔は険しい。 「解せませんわ。仮にエルが討たれた魔王だったとして、どうして貴方がそんなことをご存知なのかしら」 「異世界から来たからだよー」  当たり前みたいな顔して答えるサナにそうですかとレティは軽く答えた。だけどしばらく考えた後、驚いた様子でもう一度サナを見る。 「異世界?」 「そ! 異世界の日本って国から来たの。そしてこの世界は、あたし達がやってるキミツナっていうゲームの物語の世界!」 「寝言は寝てから言うんだな」  固まるレティとは反対に、今度はエルがサナを睨む。 「っひ、やば……尊っ……」  だけどエル推し激ヤバ腐女子には何も効いていなかった。  むしろ自分を睨む推しを目に焼き付けようとしてるような気がする。ハァハァしつつ目を見開いて、拝みながらエルをガン見してるから。  んでもって、サナに怒ったり睨んだりしてたはずのエルがちょっと引いてる。可哀想に。  ……俺はこの先推しに対面する事があっても自重しよう。人のふり見て我がふり直せ。    そんな俺達をよそに何か考えていた様子のレティは、少し震える声で呟いた。  「……にほん……」 「レティ?」 「……聞いたことが、あります。チキュウという世界にある国、だと」 「えっ!? な、何で。レティも地球の人?」  思ってもない言葉に、俯いてる顔を思わす覗き込んだ。いいえと頭を横に振る顔は困惑してるせいか少し青い。  レティはキミツナの住民なはずなのに、日本を知ってる。ということはキミツナにも元日本人キャラが何人か居るってことなんだろうか。  例えばサナとか………………は、きっとないな。絶対俺と同じイレギュラーだ。  剣と魔法のファンタジー世界に、こんなハァハァしまくってる登場キャラが居るのは違和感が凄すぎる。居ても困るだろ、ギャグ漫画じゃあるまいし。 「……わたくしの国にも居ましたの。異世界から来た、聖女と呼ばれる特別な少女が」 「聖女は最高位の女性神官に贈られる一般的な称号のはずだが」  レティの言葉にエルが首を傾げた。キミツナの聖女は女性僧侶の最上級職らしい。  修行を積んだ猛者の称号ってことか……単語からしてか弱いイメージだったのに、そう考えると凄く強そう。魔力の鬼とかそういうイメージになってしまった。 「わたくしの世界では違いましたわ。聖女は異世界から召喚される、特別な魔力を持った少女を指します」 「それって……」  今までのやり取りからして、キミツナの住人でほぼ確定なエルが言ってる設定と食い違ってる。ということは、だ。   「わたくしもこの世界の人間ではありませんでした。異世界の貴族の娘でしたの」  エル以外、この場のメンバーは異世界転生をしているということになる。しかもサナの言うことが本当だとすれば、同じ世界ではあるけどエルも転生してるというカオスぶりだ。  深刻そうな顔で言うレティに対して、サナは一気に無邪気な顔になった。ぱあっと顔を輝かせながらガシッと力強くレティの手を握りしめる。  やめてやれ。潰れるから。俺はまだしも魔法使い女子の手は潰れるから。 「凄いすごいスゴーイ! レティお嬢なんだ! お姫様だ! いいなぁー!」  ぶんぶんと手を振り回される顔は、未知のものに遭遇して戸惑ってる感じはあるけど痛がってる様子はない。  潰されそうなほど握りしめられてたのは俺だけか。どいつもこいつも、何で俺だけこんな目に……。 「……貴方が言うほど良いものではありません。異世界からやってきた聖女に婚約者を奪われ、嫉妬に狂ってクーデターの首謀者に仕立て上げられた愚か者ですから」 「えっ、それっ、て」 「聖女は貴方のような自由奔放な少女でしたわ。無作法者が純真無垢だと褒め称えられていた」 「わぁ、地味にディスられてる」  そもそもサナは聖女より魔王だと思う。  ふとそんな事を思ったけど、レティの辛そうな顔に空気の読めない言葉は喉の奥へ引っ込んでいった。 「狭量なわたくしは許せなかったの。無礼な余所者を褒めそやす愚かな国は消えてなくなってしまえと思っていた」 「うひゃー過激だねぇ……」  いや何かモブ気分で言ってるけど、その余所者に似てるって言われてんだぞ。ちょっとレティに睨まれてんの俺でも分かるぞ。サナの心臓ほんとに強すぎるだろ。  そんな様子に何を言っても通じないと思ったのか、レティはふぅっと小さく溜め息をつく。 「聖女に悪意を持った傲慢な令嬢は、その浅慮さ故にクーデターの首謀者として首を断ち落とされたのですわ」  おしまい、と読み聞かせの最後みたいな台詞を呟いて、控えめに微笑んだ。    いや、あの、全然笑えねぇんだけど……。  なんかしれっと言ってるけど、首を落とすってそれギロチンでは……生きたまま首切られたって事では……。  何とも言えない気分でレティを見てると、陽キャが過ぎる腐女子は何故かキラキラした顔で呟く。  ……もう何も言うまい。 「何かもう聞くほど典型的な悪役令嬢もののお話じゃん」 「悪役……そうですわね、そう呼ばれるのが適切かもしれません」  エルもレティも真面目だ。サナのリアクションにひとつひとつ反応する。それが余計に変なリアクションを呼んでるんだけど。 「わたくしの物語も、貴方の国のどこかにあるのかしらね」  話し終えてスッキリしたのか、少し目を閉じた後のレティはいつも通りだった。    ……だけどそれが何だか痛々しくて。いつもの笑顔なのに、今まで見た中で一番辛そうに見えた。

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