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20_郷愁

 何とも言えない空気に皆黙り込んでしまって、しばらく。  そっかぁ、と今度はサナが口火を切った。思わず変なことを言わないようにと心の中で祈る。 「そこまで聞いたらちゃんと話さなきゃかなぁ。あたしは普通の会社員だったんだー」 「会社……? 貴方、まさか平民の子女だというのに事業に関係していましたの」  レティの世界だと女の子は会社に行かないらしい。貴族が居る世界ってやっぱり、男らしく女らしく平民らしくの世界なんだろうか。  にしても、何の疑いもなく平民認定されてて笑ってしまった。そのとおりだけどさ。 「日本じゃそれがフツーだよー? お家が農業とか漁業とかそういう家じゃなかったら、大体会社員なの」  カルチャーショックのせいか口を開けたまま言葉を失うレティに、サナはちょっと笑ったみたいだった。 「そっりゃぁもう働きましたとも。糞上司から糞客から四六時中怒鳴られながら。日付変わって家帰って、力尽きて気絶して、早朝に起きてまた仕事行って。趣味を楽しむ元気も出ないくらいに」 「うわぁ……超絶ブラック……」   ドラマとかで見るやつまんまじゃん。そんなの本当にあるのか。  今の雰囲気とか、エルにはしゃいでハァハァ忙しそうな様子からは全然想像できないけど。そう思うと強いな……。 「今時ガチなブラック過ぎるよねー。そしたらある日突然、あー今この電車に飛び込んだら会社行かなくていいんだなーって思って。気が付いたら通過する特急に飛び込んでた」 「うひぇ……」  軽くサナは話すけど、止まる予定のない電車に飛び込んでどうなったかなんて簡単に想像出来てしまう。その瞬間をうっかり想像してしまって、ぶるっと体が震えた。    だけど二人はやっぱり話にピンとこないのか、揃って難しい顔でサナを見ている。 「でんしゃ……? とっきゅう、とは……?」  やっぱ電車って単語も無いらしくて、考え事をするみたいにこめかみを抑えつつレティが聞いてくる。  知らない単語にパニック起こさないの凄いな。俺だったらもう考えんのやめてそう。 「電車はレールっていう専用の道をすっごい速さで移動する金属の塊なの。特急は特に速くて、いっぱい人を運べるんだよ」 「金属の塊が……速く移動……そんな物にぶつかったりしたら」 「そだね。もう体はバラバラじゃないかなぁ。近くに居た人には悪いことしちゃった」  物凄いことを平然と言うサナに俺は驚いて、レティはこれでもかってくらい顔をしかめた。エルは全然表情動いてなくて何考えてるのか分からない。さっきまで必死でサナに怒ったり慌てたりしてたのが嘘みたいだ。  空気がズゴンと重くなった後、その状態にした張本人がけろっとした顔で俺を見て。 「んじゃ、次はコータの番ね」  よりによって、この空気で回してくる。鬼だ。    こほんと大きめに咳払いして皆を見ると、じっとこっちを見てる皆の視線と思いっきりぶつかった。  いやそんな深刻そうな顔で見なくても。俺は受験戦争してたとはいえ、サナみたいな超絶ブラック社畜生活は送ってなかったし。 「えーっと、俺はぴちぴちの18歳でした」 「おいこらぁクソガキー! 元社会人への当てつけかぁー!?」 「受験終わって、楽しみにしてたキミツナ2買ったんだ。レベル追い付いたら協力プレイしようって友達と電話してたら、目の前にトラックがいた」  酔っ払いみたいに笑いながらヤジってたサナの声に、うわ、と小さな呟きが混ざる。 「ついてないねぇ……これからって時に」  だけど二人の重々しい空気と対照的に、サナの反応はめちゃくちゃ軽い。あっけらかんとしてるというか、達観してるというか。社会人どころか転生何回目だと思ってしまうくらいに。  するとじっと黙ってたエルが、ぽつりと口を開いた。 「……トラックとは何だ」 「道を速く走れる金属の塊でーす。電車よりは軽いけど、専用の道じゃなくてもあちこち走れる馬車みたいなやつ」 「また金属の塊ですの」  耐久度が違うからねぇ~と軽く笑って、ねっ、と同意を求めて俺の方を見てくる。本当に軽く世間話でもしてるみたいな感じで。話題めちゃくちゃ重いと思うんだけど、気にする様子もない。  さすが兵卒ならぬブラック卒は訳が違う。 「そっかぁ。トラックに跳ねられたのかぁ。バラバラじゃないだろうけど、どっか潰れてるかもね」  そんな何でもない感じの言葉に、俺の心臓は少しきゅうっと握られるような感じがした。   「やっぱり、そうなの、かな」  少しずつ、声が震えてくる。  その瞬間の記憶が無かったから、トラックの前に居た時より後の自分は想像してなかった。  ……ううん、ずっと考えないようにしてきた。あの後の自分がどうなったかなんて、どんな風に死んだかなんて、考えたくもなかったから。 「俺、受験勉強頑張ったんだよ。ゲームだってアニメだって、楽しいこと沢山我慢したんだよ。やっと解放されて、いっぱい遊ぼうって言ってたんだよ」  運動より勉強の方がまだマシ程度の俺が、とりあえずどっか行かなきゃって臨んだ受験戦争は地獄だった。増えてく塾の課題に悲鳴あげながら勉強して、趣味も封印して友達と励まし合いながら乗り越えたのに。  やっと終わったと思った、のに。  「コータ……」  声をかけてくれたレティの顔がぼやけて見えない。どんどん視界が揺らいで、滲んで、何も見えなくなっていく。 「ゲームするの楽しみにしてたのに。卒業旅行だって、友達と出掛けるのだって、いっぱい計画してたのに。家族で豪華なお祝い飯食べに行こって言ってたのに」 「おぁああぁ、ごっ、ゴメン、ごめんね、泣かないでー!」  目が熱い。ぼたぼたぼたぼた目から水が落ちていってるのに全然視界がハッキリしない。  慌てたようなサナの声が聞こえるけど、残念ながら自業自得なその顔は見えない。がしがし頭を撫でられる……というか掻き回される感触だけがする。 「皆に会いたい…………友達に会いたい……家族に会いたい……ッ、ぅ……う」  涙腺と一緒に色んなものが緩んでいく。  ずっとずっと、具体的には思い出さないように押し込めてた景色とか、人の顔とか、色んな記憶。それが一気に溢れ出てきて。 「うっ、ひぐ、っ……うあぁぁぁぁ……ッ!」  我慢の限界を超えてしまって、声がもう抑えられなくなってしまった。  ぼとぼと落ちていく涙なんか気にしてられないくらい、体が震えて喉の奥からひきつったような声が聞こえてくる。 「そ、そう泣かれると……皆元気かなって、思っちゃうなぁ……」  戸惑ったサナの声が小さくなると、連動するみたいに手の動きも大人しくなっていった。   「……そろそろ帰るね。ごめんねコータ、悲しいこと思い出させちゃって」  やっと少し落ち着いた頃、サナはそう言って俺の頭から手を退けた。  大丈夫って言いたいけどまた涙が止まらなくなりそうで声が出せない。ふるふると首を横に振ると、明日はよろしくねと控えめに微笑んでサナは部屋を出ていった。 「……わたくしもお暇しますわ。おやすみなさい」  こくりと頷くと、向こうも頷いてドアの向こうへ姿を消した。  二人が出ていって、部屋にしーんと沈黙が落ちる。 「落ち着いたか」 「ん………………んっ?」  ふと、エルの顔がやたらと近くにある事に気が付いた。手元はがっつり服を掴んで、ぴったりと体をエルにくっつけていて。それを包むようにエルの腕が俺を支えている。  多分これ、泣いてる時しがみついてたな。思いっきり抱きついてたな……。 「ごっ、ごめ、ごめんっ」  情けない状態でいた事を改めて認識したせいか、ぶわっと全身の体温が上がっていった。大慌てでエルから離れようとするけど全然びくともしない。    慌てすぎて足がもつれる。尻餅つきそうになった所をキャッチされて、危ないだろうと渋い顔で注意されてしまった。  なんという……恥の上塗り……。 「急にどうした」 「ごめ、離しっ、はなして、この格好は恥ずいっ! 子供じゃあるまいし!!」 「甘えればいい」 「ぅあ」  そっと抱きしめられて、エルの手がゆっくりと背中を撫でる。  額に軽くキスが降ってきた。そっと鼻先にもエルの唇が触れて、ついでに頭のあちこちに軽くキスしてくる。海外じゃないんだからって思ったけど、そもそもここは日本ですらない。 「んん、くすぐったい」  もぞもぞとエルの腕の中で逃げる。でもやっぱりというか上手く逃げらんなくて、逆にぎゅうっと抱きこまれてしまった。 「必ず元の世界に帰してやる」  ぽつりと耳元に転がってきた声はやけに優しい。せっかく落ち着いたのにまた泣きそうになる。 「……俺きっと向こうで死んでるよ」 「生きた状態で帰す。必ず」 「える……」  慰めてくれようとしてるんだろうか。ゆるゆると頭を撫でられて、何だか頭がフワフワする。 「……ありがと、エル」  時々変な方向に優しい時あるよな。普段薬草扱いのくせに。  こんな所サナに見られたらまたヤバい顔で俺達を見るんだろうな、なんて思いつつ。人に抱きしめられて、しかもあやされるなんて小さい時以来で。温かくて、妙にホッとして。    もしかしたら泣き疲れたのかもしれない。ぽふんとエルに頭を預けて、ふわふわと眠気に包まれながら意識を手放した。

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