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27_馬車の旅
乗合い馬車に無事乗れて、これで王都まで一直線!
……って思ったけど、甘かった。
一日中乗って腰が爆発しそうになった所で下ろされたと思ったら山の麓の街。そこから山登り用の馬車に乗り換えて一日登って。やっとてっぺんの村に着いたと思ったら山下り用の馬車に乗り換えるという地獄の宣告がきた。
「あと何日かかんのこれ」
「天候によるらしいけど、下り含めてあと五日くらい?」
「まるまる一週間じゃん! 長いよ腰爆発するーっ!!」
「しょーがない、しょーがない。馬車が一番速い乗り物なんだしさ。でも下りは早いよー!」
なんて、てっぺんの村でそんな話をしていたら。
「……ドウシテコンナコトニ」
「散々腰が痛いって主張するからじゃん?」
ニヤニヤ笑うサナの前で、俺は何故かエルに膝枕されていた。寝転ぶ椅子には毛布を敷いて、膝の下にはエルの上着と道具入れの鞄を入れて足を立てている。
いやまぁ、確かに楽は楽なんだけど。
「本っ当いい仕事するよコータ。最高〜」
そう褒められても全っ然嬉しくない。ヤバ腐女子の邪な笑顔が嫌でも視界に入るいたたまれなさしかない。
エルもエルだ。街を出てからやけに過保護になってて落ち着かない。手持ち無沙汰なのか頭を撫でてくるし。無表情の割にその手つきは優しいし。
「こんなのしなくても大丈夫だよ俺」
「腰が痛いから乗りたくないと騒いでいたくせに」
「だからって子供みたいに」
「子供のように騒ぐからだろう」
「……ううーっ」
エルの言うとおりめっちゃくちゃ駄々こねたし色々自爆しただけに何言っても勝てない。そんな俺を見下ろす顔は、どこか笑っているように見えた。
下り道なせいか、この馬車は座席の前に薄い透明な仕切りと手すりが完備されている。透明な板には通気用なのか穴が空いてて、ちょっとドラマで弁護士と面会する犯人になった気分。でも椅子は板じゃなくて滑りにくいクッション張り。これがすこぶる腰に優しくて寝心地がいい。
しかも来た時みたいに山肌をぐるぐる回りながら馬車は下りていってるらしくて、のんびり揺れながら時間がすぎていく。寝るのに最高すぎる。ここまでの馬車は一体何だったのか。
うっかりうとうとし始めたところで、ガタンと一際大きく馬車が揺れた。
「なっなに!? まもの!?」
慌てて飛び起きるとエルの手が伸びてきて、何故か膝の上に座らされる。しかも向かい合わせで。おまけにベルトみたいなのが巻き付いてきて、俺とエルを固定した。
……なんじゃこりゃ。魔物じゃないっぽい、けど。何かの餌にはなったなこれ。振り向くのがすげぇ怖い。
「捕まっていろ」
エルの言葉に何でだよと言おうとして。
「な、ぁえ、ぅ!?」
がくんと下へ揺れたと思ったら、ふわりと体が浮くような感じがした。これあれだ、遊園地とかでよくある、登ってって落ちる直前の感じ。
一瞬だけ時間が止まったような状態になって。進行方向が少しずつ下がって行って。
「う、う、うぁぁあぁぁぁジェットコースターじゃねぇかよぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッッッ!!」
俺の悲鳴とサナの楽しそうな笑い声が響く馬車は、勢い良くどこかへ滑り降りて行った。
早いってこういうことか! こんなの馬車じゃないっつーの!!
不意打ちでジェットコースター馬車を体験してしまった俺は精神的に力尽きていた。絶叫系は超苦手なのに、予告もなしにあんな体験したら立ち上がれる訳がない。
……リアルに腰が抜けた。ギリギリ漏らしはしなかったけど。
それが分かった瞬間サナに大爆笑され、レティには哀れみの目で頑張りましたわねと労われ、エルにだっこされたまま宿屋に着いた。
俺は明日どんな顔でこの宿を出たらいいんだろうかと絶望しながら部屋に着く。ぽふんとベッドに下ろされて、頭をがしがしかき回された。
「まさか腰を抜かすほど苦手だったとは」
「うるせぇやい」
むくれて答えるとエルはまた笑う。
俺がいつも馬車の揺れでふらふらするから、あの速度の馬車なら抱えておこうと思ったらしい。そしたら俺が思わぬ大絶叫を上げた挙げ句、自力でエルの膝から降りられなくなった、と。
恥ずかしすぎる。つらい。引きこもひたい。
「明日からは寝台馬車だ。もう少し楽になる」
「えっ何その豪華そうな馬車」
「宿泊用の設備がついた大型の連結馬車だな」
それって馬が引いてる以外は完全に寝台列車じゃん。俺的にはラッキーだけど、まさかそれ馬が引くのか。大丈夫なのか馬。
困惑する俺にエルは少し得意げに笑う。
「見れば分かる」
ドヤりやがった。むっっかつく。
次の日。
朝っぱらから突撃してきた女子二人に叩き起こされて渋々目を覚ました。正確には突撃してきたサナと止めようとして、後からレティも駆け込んできたって図だけど。
「昨日はお楽しみでしたね!?」
「じゃねぇし! だから変な妄想すんなせめて俺に言うなーっ!」
見るからにわくわくしながら聞いてくるヤバ腐女子を押し返して、両腕で思いっきりバツを作る。ちぇーって言いながら顔は相変わらずニヤニヤしていた。
「し、しつこいぞその顔!」
「だってさぁ、熱烈なキスシーン見せられたら期待しちゃうじゃん」
内緒話をするみたいに、こそこそと耳打ちしてくる言葉に頭痛がした。
キスシーンて誰と誰のだよ。いやもう完全に俺見てるから聞くまでもないけど。
んな訳ないだろ俺は残念ながら告白してもフラれた事しかないし、友達に借りたギャルゲーですらフラれまくり大魔人だったよ。バッドエンドの不穏な状態以外でちゅーさせてくれる女子なんか居なかったんだからな。
しかも言いたいのはエルとってことだろ。ナイナイ、それは無い。
「……ついに幻覚が」
BL妄想しすぎて現実と区別がつかなくなったらしいヤバ妄想腐女子に、そっと合掌した。
「違いますー見ましたーコータは気絶してたけどねー」
「嘘つけっっ」
「精神力の回復薬をコータに口移ししたのエル様だから」
「絶対嘘だ、普通に飲ませただけだろ! からかって遊ぼうったってそうはいかないからな!」
サナの事だ、絶対からかってる。嘘言って慌てる俺のリアクションを楽しんでるに違いない。そんな手に乗ってやるもんか。
「意識ないと飲み込めなくなるんだねー最初普通に飲ませようとしたけど吐き出しちゃって慌てたんだから」
まだ続けるつもりだ。
しつこいぞと言おうとしたけど、続きの言葉に思わず固まる。
「苦肉の策がエル様の口移しだったんだから! ねーっ、レティー?」
急に大きな声で話しだしたサナがエルと話してたレティを見るのを目で追っかける。するとちょっとキョトンとした後に、何となく気まずそうな表情ですっと視線が外れた。
ちょっと待ってレティ。嘘だろ、そこは否定するとこじゃないの。
……そういや目を覚ます前、じいちゃんちのモチが薬臭いツバ入れやがった夢を見た。てっきり天使が無邪気なぺろぺろ攻撃してた流れ弾かと思ってたけど。
その話聞くと、あれの犯人エルじゃん。知らない間にファーストキッスがっつり奪われてるってことじゃん。
何それつら。無意識で仕方なかったとはいえつら。
「合点がいったかね」
むふふと自分で言いながらニマニマ笑う顔はめちゃくちゃ腹立たしい。
意識無かったんだからノーカンだろとか、人命救助なのにいちいち気にするわけないだろとか、言いたいことは沢山あるけど言葉にならない。
目の前の腐りきった目と耳にはどんな反撃も効かないだろうなと思ってしまったから。そういうタイプだった妹のせいで、悔しいことにサナ相手にすら戦う前から気持ちが負けてしまっている。
「そろそろ時間だ。続きは馬車の中でするんだな」
一番の当事者がけろっとした顔でそう言ったと思ったら、俺を小脇に抱えて持ち上げた。
「ちょっ、何すんだよ!」
「薬草はすぐバテて速度が落ちる。ああ、抱き抱える方が良かったか」
真顔でそういう事言うんじゃねぇ。目をギラギラさせてるヤバ腐女子の口にエサを放り込むのやめてくれよ頼むから。
睨んで無言の抗議をすると、軽く息をついて俺を下ろした。
……と、思ったら。
「えっちょっ、うわっ!? やめ、ちょ、エル! エルぅぅぅぅぅぅ!!」
今度はがばっと抱え上げられて、いわゆるお姫様抱っこみたいな格好になってしまった。
サナがスッゲェ早口で何か言ってる。内容全然聞き取れないけどロクなことじゃなさそうなのだけは分かる。絶対悪化した。たぶん今ので変な妄想が進化してる。
「行くぞ。時間がない」
「分かった! 分かったから最初ので! 最初の片手で抱えるやつでお願いします頼むから! なぁエル、なぁ!! なぁぁぁ――っ!!!」
俺の抗議も空しくお姫様抱っこのままで部屋を出て、ざわつく従業員らしき人達の視線を一身に受けながら宿屋を出た。
そのまま街を通って、通路を通って馬車らしき乗り物に乗り込んでしまった。もしもそういう仲でも部屋でいかがわしい事はするなよと、わざわざ馬車の人から釘をさされてる声が聞こえて穴に埋まりたい。
ちがう……ちがうんだ……ちがうんだよぉぉぉぉ……。
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