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28_気遣い

 馬車はゴトゴト揺れる。  変な乗り方したせいで外は見れなかったけど、中の設備は馬車とは思えないくらいに豪華だ。本当にテレビで見た寝台列車みたいな。  ぼんやりベッドに寝転がってウトウトしながら天井を眺めてると、今は居ないはずのエルが俺に覆い被さってきた。ゆっくりゆっくり近付いてきて、唇が触れて。 「っ、う、わぁぁあぁぁ!?」  ハッと我に返って起き上がると、エルの幻覚は消えていった。 「い、今の……」  心臓がばくばくと軽く走った後みたいに大きく動いてて苦しい。  エルは女子ズと食堂に行ってるはずだ。お姫様抱っこで馬車に乗る羽目になったから、俺は外に出る気になれなくて残ったけど。  なのにエルとキスする妄想するとか何してんの。ノーカンにして忘れ去りたいのに、何でわざわざ思い出すようなことを。馬鹿なのか俺。 「うう、絶対サナのせいだー!」  頭に浮かんだ映像をかき消そうと、ぼふんと枕に頭を埋めて手でシーツをバタバタと叩く。変な妄想すんなって散々言ったのに、その俺がエルとの変な妄想してるとか間抜けすぎる。  でもこれはサナが事あるごとに俺をエルとくっつけるようなこと言ってくるからだ。サブリミナルってやつだ。罪深すぎるぞヤバ腐女子め。 「あたしが何だって?」 「ぅうぉあぁぁぁぁ!?」  急にサナの声が聞こえて飛び上がった。壁際へ一目散に逃げてドアを見ると、居るのはサナだけじゃない。エルもレティも銀色の荷台みたいなのと一緒に立っていた。  謎の荷台は配膳台だった。側面についてるドアを開けると、食堂で出てたっていう食事の皿がたくさん並んでいる。 「……なんで」 「エル様がコータにご飯持ってくって言うから、レティが交渉してくれたんだよ。食堂ならワゴンの一つくらいあるはずだって」  さすがアネゴだよね!とニコニコ笑うサナは中身をテーブルの上に並べていく。どう見ても一人分じゃない。同じ皿が四つずつある。 「せっかくですから、皆揃って食べましょう」  レティの言葉に、喉で声が詰まってありがとうすら出てこなかった。  確かにご飯持って帰ってくるって言われたけど、てっきり一人で食べるもんだと思ってたから。ちょっと泣きそうになりながらレティの差し出した手を取って、ベッドから降りてテーブルへ向かう。   天板の上には湯気を出してる白いシチューと、野菜が挟まれたパンと、薄く切られた肉が何かのタレに浸けて焼かれた状態で並んでいた。 「……うまそう」  ぎゅぅぅぅっと嫌なタイミングで腹が情けない音を立てて、思わず顔を両手で覆って天を仰いだ。せっかく感動してたのに。タイミングが悪すぎて台無しじゃん。 「座れ」  笑いながらエルが引いてくれた椅子に座ると、皿が並べられていく。王都はどんな所なのかとか、着いたら何をしようとか、とりとめのない話をしながら昼食を食べた。      それから寝台馬車はトラブルもなく、魔物との遭遇もなく、昼夜問わずに走り続けている。  皆は何だかんだ寝台馬車の中を散策してたみたいだけど、やっぱり俺はお姫様抱っこのトラウマで部屋にこもりっきりで過ごした。でもご飯だけは皆が持ってきてくれて、部屋で一緒に食べる。嬉しいけど何となく風邪引いて寝込んでる病人になった気分だ。  そんなこんなで走り続ける寝台馬車で過ごして、もう明日には王都に着くってアナウンスがあった日の夜。  コン、コン、コン、コン、コンとドアが規則正しい音でノックされた。 「寝静まったようだな。少し出るか」  寝室に他のお客さんが引っ込んで人が居なくなった夜中に少しだけ、エルに連れられて部屋の外へ出るようになっていた。いい頃合いになると馬車の乗務員さんがドアを五連打して教えてくれる。  ……夜中に二人きりで部屋に居られるよりは、乗務員さんの懸念事項の心配が下がるから。  いつの間にかエルとは恋人同士みたいな扱いにされてるらしい。おまけに俺は体が弱くて、人が多い所だと体調を崩すっていう無茶苦茶な虚弱体質設定をサナがつけていた。暗躍しすぎだろあの腐女子。  僧侶の服着てんだからそんなわけないだろって思うけど、向こうは信じてしまったらしい。純粋かよ。大丈夫か。  デッキに出ると少しひんやりした夜風が気持ちいい。寝台馬車は周りを沢山の馬がぐるっと囲って走ってるから、頑張って走ってくれてる馬の群れがデッキからよく見える。  少し上を見ると、日本と比べると圧倒的に暗い夜空が広がっていて。こぼれ落ちてきそうなくらいの星がひしめいて光っていた。 「寒くはないか」 「うん。平気」  平気だっつってんのに、エルは優しげな声をかけてそっと肩を抱き寄せてくる。夜でも巡回してる人が居るから芝居の手は抜けないらしい。  エルは確かお兄さんの婚約者が好きだったんだよな。本当はその人にこういうことしたかったんだろうな……。  そんなことを考えると、ちょっと申し訳なくなってきた。部屋出たくないってワガママで恋人役なんかさせてるし、サナのせいとはいえ変な妄想した前科もあるし。 「どうした」 「ん……なんでもない」  しかも変に鋭い。やっぱ戦闘職って気配に敏感なんだな。これ以上変な妄想しないようにしないと言い訳できなくなる。 「なぁ、王都で王様に会えたら……その後はどうすんの」 「何も考えていないな」 「……そっか」  俺は王都に行きたいから薬草になれってエルに言われてパーティを組んだけど、目的を達したらどうするんだろう。エルはお城に帰るのかな。  そしたら……やっぱパーティ抜けるのかな。 「心配するな。薬草は元の世界に帰してやる。何としても」  考えてた事がバレたんだろうか。急にぎゅうっと抱きしめられて、思わず周りを見た。  ……誰もいない。よかった、誰かさんの追いエサにはならずに済みそうだ。  ひんやりした空気に触れてたせいか、エルの体温が少し高く感じる。ゆっくり後ろ頭を撫でられて少しだけぐらぐらしてた気持ちが落ち着いてく気がする。  何かこうされるのにも慣れちゃったな。エルに頭撫でられるとホッとするようになってしまった。 「もう、気にしないで。転生仲間も見つけたしさ」  レティはあちこち回ってるって言ってたから、連れていって貰えないか頼んでみるのもアリだ。無理なら泣きついて一緒にパーティ探して貰う。  どこかに住むなら、始まりの村か職人の街で頼み込んだら住み込みで働かせて貰えそうな気もするし。  同じ境遇の人が見つけられた今なら、この世界で生きていこうと腹を括ればやっていけるんじゃないかなって、思う。 「王様に会ってお城に帰りたいって思ったら、無理しないで帰ってほしい。大丈夫だからさ」  家族と居たいんじゃないかって思うんだ。俺に優しいのは、もしかしてエルも家族に会えなくて寂しいんじゃないかって。  前世のエルは一人だったかもしれないけど、今は俺達も居るから、エルはもう魔王じゃないって第三者の声で伝えられる。そしたら王様だって分かってくれるかもしれない。  励まそうとエルの背中をぽんぽんと軽く叩くと、じっと俺を見てくる。日の光の下だと赤がちらちら見えるのに、今のエルの目は深い黒一色でずっと奥まで続いてるみたいだ。  ゆっくりその顔が近付いてきて、鼻先に唇触れた。またからかうつもりかと少しの動揺を頑張って抑えてると、何度か鼻が触れ合って。口元にエルの唇が軽く触れる。  えっ、と声を出す暇もなくまた抱きしめられた。  アレはイタズラなのか事故なのか。判別がつかなくて固まる俺をよそにエルは髪にキスを何度も落としてくる。  どう反応するのが正解なのか分からなくて、結局部屋に戻るまでされるがままで過ごしたのだった。

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