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【1】おかしな出逢い①
「煮詰まる」という言葉は本来、「検討が充分に行われ、もうそろそろ結論が出る段階に近づいている状態」のことを言うそうだ。
だが、これを「行き詰まる」という意味合いで使う人がとても多いのだと何かで読んだ。
それでいくと今の勇士郎 の状態を表す言葉は、「煮詰まる」ではなく「行き詰まる」が正しいのだが、そんなことをまた考え出した自分が嫌になるほど、勇士郎は激しく疲れていた。
身体はしきりに「寝ましょうよ!」と訴えているのだが、脳がこんなギラギラとした状態では、寝返りばかりを繰り返し、言葉の洪水に溺れてしまうのがオチだ。経験上、それがよく判っていた。
勇士郎はギクシャクする身体を引きずり、愛車MINIのキーを掴むと、二日ぶりにマンションの玄関ドアを開けた。
眩い夏の陽射しが目に染みて痛いほどだ。
白のMINIのボディを力なくさすり、ドアを開けてムワア~ッとする空気を逃してから運転席に乗り込む。それからパン、とひとつ頬を挟むように叩くと、勇士郎はゆっくりと駐車場から出た。
行先は自宅から十五分ほど走った所にある、ブックカフェだ。
豊かな緑に囲まれたその店は勇士郎の行きつけで、こんな風に疲れたときによくフラリと出掛ける。
そこで軽くエッセイなどを読みながらハーブティーで頭をクールダウンさせると、昂っていた神経が少しずつ落ち着いてくれるのだ。
駐車場を出てすぐ左折し、国道との交差点に向かってゆるゆると坂道を登ってゆくと、左手の視界に何か異様な光景が飛び込んで来た。自転車に布団と巨大な風呂敷包みを乗せたひどく背の高い男が、ゆらめく陽炎の中、横断歩道の端を随分と逸れてよろよろと渡り始める。
その白昼夢のような光景は、まるで砂漠をゆくキャラバンの一団からはぐれた商人のようだ。虚ろな目はただまっすぐに横断歩道の先を見ている。
(おいおい、大丈夫かい)
不安を感じながら勇士郎が停止線でブレーキを踏んだとたん、商人が力尽きたかのように、MINIのほぼ正面でいきなりバタリと倒れた。
「え、」
轢いた?
勇士郎は一瞬蒼ざめたが、車体に衝撃はないし、第一、充分に間に合うようにブレーキを踏んだはずだ。
だが男はピクとも動かず、勇士郎は焦って車を路肩に停めると男の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「お…」
薄く目を開いた男が、幽かに呟く。
「お?」
「なか…すい、た」
その言葉を最後に、男は意識を失った。
「え、ええ!? ちょっとぉーー」
救急車! と誰かが叫ぶ声が聞こえて、勇士郎は慌ててジーンズの尻ポケットから携帯を取り出すと、震える指で119番を押した。
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