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【6】突然の訪問者④

 明日香と別れて帰宅してからも、勇士郎はしばらくソファに座ってぼんやりとしていた。  明日香の言うことは何も間違っていない。彼女は彼女なりに温人のことを真剣に考えているのだろう。出逢って数か月の自分と明日香とでは、温人に関する理解の深さがまるで違うのだと思い知らされた気分だった。  彼女は温人が家族を失った頃を間近で見ている。萌という親友も失くしているのだ。温人のことは心配しても、し切れないのだろう。 (だけど――)  心はこんなにも苦しい。元々温人との未来など望むべくもないものだった。けれど温人と過ごした日々があまりにも心地よく、穏やかに過ぎていったために、もしかしたらこんな風にずっと、一緒に過ごしていけるんじゃないかと錯覚してしまっていたのかもしれない。  あんな風にハッキリと釘をさされて初めて、勇士郎はこの日々が幻のように儚いものなのだと初めて悟ったのだ。そしてそれは思いも寄らないほどの胸の痛みを勇士郎にもたらした。  温人をこんなにも好きになっていたのだと今頃になって気付く。辻野のことで散々思い知ったはずなのに、また自分は叶わない恋に泣くのか……。 「ユウさん?」  背後から呼びかけられて、ビクンと身体を揺らす。いつの間に帰っていたのか、温人が不審そうな顔をしてすぐ後ろに立っていた。 「あ…おかえり。ごめん、気ぃ付かんかった」  勇士郎はとっさに表情を繕ったが、温人が手に持っているものを見て、顔を強張らせた。 「なんですか、コレ、玄関にあったんですけど。埼玉のお菓子ですよね?」  明日香が持ってきた菓子折りだった。突然の訪問に動揺して、受け取ったあと、置きっぱなしにしてしまっていたのだ。 「あ、それは……」 「もしかして、明日香が来たんですか?」  鋭い問いは、ほとんど確信に満ちている。 「あ、うん…、ちょっとご挨拶にって。もう帰られたけど。温人、ここの住所おばあさんたちに伝えたやろ。それで知ったらしいわ。幼馴染なんやて? すごい可愛い子ぉやん。びっくりしたわ」  温人は眉をしかめ、苛立った様子で携帯を取り出した。明日香にかけるつもりなのだ。 「ちょ、ちょお待ってぇな、別になんも特別な話はしてへんよ? ただ温人のこと心配して、おばあさんたちの代わりに、様子見に来はっただけやて、ほんまに」 「……ほんとですか?」 「ほんまや。温人がちゃんと頑張っとる言うたら、安心して帰っていきはったわ」  温人は少しの間、心配そうな目で探るように勇士郎を見ていたが、勇士郎が笑顔を崩さずにいたら、ふと目を逸らし、着替えて来ます、と言って「栗原屯所」に入って行った。  その晩は仕事のキリが悪いからと言って一緒の夕食を断り、勇士郎は部屋にこもった。  多分、そう遠くない未来に、温人と離れなければならないと思うと涙が滲みそうで、食事中ずっと平静でいられる自信がなかったのだ。  温人が湯を使い、「栗原屯所」に引き上げた頃合いを見て、勇士郎は部屋から出た。ダイニングテーブルの上に、ラップをかけた夕食が置かれていて、その脇にはメモがあった。「あまり根を詰めず、頑張ってください」と書かれているのを見て、また胸がズキリと痛んだ。

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