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【10】愛の讃歌②

 その数日後、明日香から一通の手紙が届いた。差出人名を見た途端、勇士郎の鼓動が一気に速まり、手に汗をかくほどの緊張を覚えたが、勇士郎は勇気を振り絞って、封を開けた。  彼女の望みを裏切ることになってしまったけれど、温人とともに生きることを決めたのだから、どんなに厳しい言葉でもちゃんと受け留めなければならないと思う。  けれどその手紙の内容は勇士郎が怖れていたようなものではなかった。読み進めるうちに、勇士郎は目の奥が熱くなり、最後まで読んでから、また最初に戻って、何度も何度も読み返した。  高岡勇士郎様  先日は、突然お伺いし、色々と不躾なことを言ってしまい、本当に申し訳ございませんでした。  あのあと、温人が埼玉に戻ってから、高岡さんに何を言ったのかと問い詰められて白状したところ、「勝手なことを言ってユウさんを泣かせるのは許さない。俺の幸せは、俺が決める」といって、ものすごく怒られました。  あんな温人は初めてです。びっくりしたけれど、確かにその通りだと、そのあと深く反省しました。私はいつも独り善がりで、バカなことばかりしてしまうみたいです。  ごめんなさいと謝ったら、温人が突然、付き合ってた頃、傷つけて悪かったと言ったんです。これにはもっとびっくりしてしまいました。  私が何故あの頃、彼の元を去ったのか、その本当の理由をちゃんと考えてくれたんだと分かって、涙が出ました。  温人は変わったんですね。あの頃よりもずっと人間らしくなったと感じました。彼を変えたのが高岡さんだと思うと少し悔しいけれど、でもやっぱり感謝しています。  本当に、ありがとうございました。  高岡さんと温人が、末永く、笑顔で幸せに暮らせることを心より願っております。  須田明日香 * 「ユウさん、オムレツ出来ましたよ」 「今行く!」  キッチンから玉子の優しい匂いがしてくる。勇士郎は顔を洗って、鏡の中の自分にニコッと微笑むと、ダイニングへと向かった。  テーブルの上には、綺麗に焼かれたオムレツと、焼きたてほかほかのパン、芳しい香りを放つコーヒーが二人分並んでいる。  もうすっかり独りで火を使えるようになった温人は、こうして朝から勇士郎の好きなものを食卓に載せてくれるのだ。  温人と再会した日から半月後に、彼はこの部屋に越してきた。今度は布団と風呂敷包みだけではなく、彼の大切な物たちも一緒に。  狭さはなんの苦にもならないということで、「栗原屯所」はまた主を迎えることになった。  少し前から新しい職場で働き始めた温人は、色々と覚えることが多いらしく、なかなか大変そうだったが、毎日とても充実した顔をしている。  そして空いた時間を有効に使いながら、通信教育で理容師になるための勉強を頑張っているようだ。  勇士郎もまた新しい仕事に取り掛かっていた。今度は某テレビ局の開局記念ドラマの脚本を担当することになり、時代物ということで、また困難な挑戦になりそうだったが、その分やり遂げたときにはきっと、大きな喜びと達成感が味わえるに違いない。  その日をまた温人と一緒に迎えられるように、勇士郎はあの赤いチェアに座って日々奮闘している。 「うわ、このオムレツ、ふわふわでめっちゃ美味しいやん」 「ほんまですか」 「ほんまや。……だからなんで関西弁やねん」  勇士郎が笑うと、温人も笑う。  そんなことがたまらなく嬉しくて、勇士郎はオムレツと一緒に、溢れ出す幸せを噛み締めた。  今日も相変わらずこの部屋には、愛の曲が流れている。  かつて映画の主人公たちの人生を彩ったそれらの曲たちは、今はこの部屋でふたりが大切に積み重ねてゆく、愛しい日々のための、甘い甘い、愛の讃歌だ。 (了)

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