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おでこをくっつける
講義が終わり、直之と待ち合わせしているカフェへと向かっていた。
あと少しでカフェに着くというところで、「渉!」と呼び止められる。
その瞬間に心臓が大きく跳ねた――懐かしい声が聞こえて顔を上げると、目の前には大好きだった人が優しい笑顔で立っていた。
「竜兄……」
「久しぶり」
「うん……」
まともに顔を見ることが出来なくて、少し俯き加減で何年かぶりに彼の名前を呼ぶ。
竜兄こと、|岩《いわ》|倉《くら》|竜《りゅう》|騎《き》は渉の幼馴染みで、家が隣同士ということもあり、家族ぐるみで仲が良かった。
一人っ子の渉にとって、五歳も年上の竜騎は本当のお兄ちゃんみたいな存在で、何をするにも竜騎の後ろに着いて回っていた。
そんな渉を、竜騎も本当の弟のように可愛がってくれていたはずだ。
ずっとこのままの関係でいれると、ずっと一緒にいられると、そう思っていた。
「元気だった?」
「うん、元気だよ。竜兄は?」
「俺も変わらないよ。大学は、楽しい?」
「うん、楽しいよ」
「そっか、なら良かった。やっぱ、家を出るとなかなか渉と顔合わせなくなったし、時々ふと思い出すこともあるからさ」
「えっ……?」
思い出す――? その言葉に胸の奥がざわついた。
当たり前のように手を繋いで公園へ遊びに行ったり、勉強を教えてもらったり、本屋さんへ参考書を買いに行ったり、映画を見たり、動物園に行ったり、そういう時間がすごく楽しくて、気がつけば渉の中でどんどん幼馴染みというのとは違う感情が大きくなっていた。
それでもこの時間を壊したくなくて、優しく目尻を下げて笑う顔を見ていたくて、テストでいい点が取れた時の頭をポンポンとしてくれるその温かくて大きな手を離したくなくて、気づかない振りをすることで誤魔化していた。
だけど、好きという気持ちは、きっと隠し通すことなんて出来ない――それを思い知らされた。
「俺が大学受験の辺りから、前みたいに遊ぶ時間取れなくなってたし、何となく会うこともなくなってたし。でも、久々に会えて嬉しかったし、元気そうで良かったよ」
「竜兄も、元気そうで良かった……」
「でっ、ちゃんと好きな人は出来た?」
「どうして……そんなこと聞くの?」
「いい恋、してたらいいなってずっと思ってたから」
少し悲しそうな心配そうな表情でそう言った竜騎に、渉の心臓がキュッと締めつけられる。
あの時もそうだった――きっとあの瞬間に全てが崩れてしまったんだ。
隠せなかった気持ちは、彼を困らせるだけには十分で、彼と離れるのにも十分だったから。
「竜兄は、あの人と上手くいってるの?」
「ああ、今も一緒にいるよ。付き合ってもう五年になるかな」
「へえ、そうなんだ。結婚、するの?」
「するよ」
「そっか……幸せになってね。僕のことは気にしないで大丈夫だから」
「あの時はそう言って、泣きながら笑ってたよな」
ふわりと頭に乗せられた手の感触に、思わず体を縮こませてしまうけれど、その手はやっぱり何も変わっていなくて――大きくて温かくて優しい大好きな手だった。
「竜兄……大好きだったよ」
「ああ……。過去形ってことは、好きな人出来たんだな?」
「うん……すごく大好きな人がいる」
「そっか。何か渉、すごくいい顔してる」
「そう?」
「幸せそうに笑ってる」
「うん。だからもう心配いらないよ。竜兄も、彼女さんと幸せにね」
「ああ……。お互いにな」
ポンポンと頭に手が跳ねるとそのまま離れていき、渉はようやく真っ直ぐに竜騎の顔を見つめて笑顔を浮かべた。
僕の大好きだった五歳年上の初恋のお兄ちゃんが、今ようやく思い出に出来た。
そんな気がした。
「じゃあ、またな」
「うん。またね」
お互いに片手を挙げて手を振ると、竜騎が渉の横を通り過ぎて行く。
その後ろ姿を見送るように振り返ると、竜騎の向こう側に見つけた愛しい人の姿に、心臓がとくんと音を立てた。
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