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耳の側で囁いて甘噛みする
「よし、行こうか?」
「うん」
講義が終わり、渉がそっと直之の腕を揺すると、その場で顔を少し浮かせた状態で腕を前へ伸ばしてのびをした直之が上体を起こして問いかけると、首を縦に振った渉が静かに席を立つ。
「ノート取った?」
「もちろん」
「じゃあ、後で写させて」
「いいよ」
後に続くように直之も立ち上がると、階段を下りていき入口へ到着する手前で隣に並んだ。
その足で、あのレトロなカフェへと向かいドアを開けると、定位置である二人掛けのソファに腰を下ろし、直之はスマホ、渉は読みかけの小説を開いた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。ショートケーキとカフェオレセットと、単品でカフェオレを一つ」
「かしこまりました。少々、お待ちください」
毎回同じものを注文していることもあり、代わり映えしないと思われているかもしれないけれど、ここのショートケーキは本気で美味い。甘酸っぱくて、食べてて飽きないのがいい。
「直之、ここのショートケーキ好きだよね」
「ああ……好き。渉と一緒で飽きない」
「な、に……言って……」
「本当のことだし。渉は一緒にいて飽きないけど、ここのショートケーキは毎日食べても飽きない」
「っとに……バカ……」
こうして頬を赤く染めてそっぽ向くしぐさも、その後に恥ずかしそうに俯いている姿も、全部が可愛く思えていたのはもうずっと前からで、それを見たくてつい意地悪してしまうのも仕方のないことなわけで――今だって、隣にはまだ赤くなったままの渉がいて――それだけで自然と頬が緩んでしまう自分がいる。
「お待たせしました。ショートケーキとカフェオレのセットと、カフェオレです。どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます」
直之の前にはケーキセット、渉の前にはカフェオレが置かれた。
迷うことなくケーキを自分の方へと引き寄せてフォークを手に取ると、二等辺三角形に切られているショートケーキの先端を縦に下ろしてフォークの上に乗せると、口へと運ぶ。
「うん、うまっ」
「本当に美味しそうに食べるね」
「だから、美味いんだって」
自然と言葉が出てしまった直之を、目を細めて柔らかな表情で見つめる渉。
食べてみるか? とケーキをフォークに乗せて差し出すけれど、渉は静かに首を横に振った。
「僕は直之が美味しそうに食べてるのを見ているだけで十分だから……」
「はっ? おまっ、なに、いっ……」
躊躇いもなくそう言った渉に食って掛かりそうになったけれど、その表情を見ていたら何も言えなくなってしまう。
どうしようもなくなって、直之はふいっと顔を背けると、持っていたケーキをパクッと口へと放り込む。
調子狂うんだって――変に意識すると――。
いつもは自分がしてやったりって思っているのに、これじゃまるで俺がしてやられてる感出てる気がして何か腹立つんだけど――。
「おい渉……」
「ん?」
「ちょっとこっち……」
「何……?」
手招きをして自分の方へ近付くように促すと、手をソファに掛けて、体ごとこっちへ寄ってきた。そんな渉の耳元に口元を寄せて小さく囁く。
「なあ、俺のためにその髪、切ってよ……」
「えっ、なっ、んで……」
「もっと、ちゃんと渉の顔見たいから……」
そのまま唇を近付けて、はむっと耳朶を甘噛みする。
「ちょっ……」
ビクッと肩を震わせた渉が、慌てて体を反らしながら耳朶を押さえて直之へ視線を向けた。その顔は茹でダコみたいに真っ赤になっていて、ざまーみろって心の中で言ってやる。
やっぱり、渉はそういう反応が堪んないんだっていうことを教えてやりたい。
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