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始まりのキス
ほっぺにキスをした後、驚いたように目を大きくして直之を見ていた渉の表情が今も鮮明に浮かんでくる。
潤んだ瞳で今にも涙が溢れだしそうなのに、幸せそうで恥ずかしそうで言葉では言い表せないくらいに可愛い顔だった。
「おれ、相当きてんな……」
一人の部屋でベッドに横になりながら思わず声に出ていた。
なんとなく気づいていたあいつの気持ちが離れていかないように仕向けていた部分もあったけれど、自分がこれほどに渉に夢中になるなんて思ってもいなかった。
いざ自分の気持ちに気づいてしまったら、こんなにもため息が出るものなんだと実感する。
こんな感覚――もう、ずっと忘れていた。
でも、全然悪くない――。そう思えるのは、やっぱり渉のことが好きだからなのだろう。
気がつけば部屋の間接照明を消さずに眠りについていた。
いつもよりも早く目覚めて身支度を整えると、快晴の空に向かって大きく伸びをする。
そして、大学のいつもの木の下へと足を進める。
そこには、もうすでに先客がいてその背中にゆっくりと近づいていく。
そっと隣に腰を下ろすと、ちらりと視線だけをこちらへ動かしてまたすぐに戻してしまった。
「おはよう」
「おはよう」
「びっくりしないわけ?」
「わかるんだよ。直之の近づいてくる空気感っていうか、そういうの……」
「へえ……」
「今日はいつもより早いんじゃない?」
「早く目が覚めたからね」
「そっか……」
途切れ途切れの会話が、お互いが意識しての結果だということには嫌でも気づく。
それでも隣にいることを選ぶのは、この時間を大切だと感じているからだ。
「なあ、渉って俺のこと好きなの?」
「うん、好きだよ。ずっと、ずっと好きだった」
「そっか……」
「うん……」
お互いに前を向いたまま会話が続いていた。
でも、その声は穏やかなとても心地良いもので、もう何も隠す必要なんてないと思える。
「なあ、知ってる?」
「んっ?」
「俺が最近、嫉妬ばっかしてるってこと……」
「えっ、と……」
「わかんない?」
「あ、の……なお、ゆき……」
前を向いていた顔を隣にいる渉の方へ向けてじっと見つめると、困ったように視線を泳がせるお前がいて、その反応がまた俺の感情を煽ってくる。
サッカーボール二個分ほどの距離があったはずなのに、どんどんと縮まっていく距離に心臓がどくんと大きく動き出す。
「渉……、好きだよ」
「直之……」
「好きだ……」
「僕も……好き……」
大きな木の下で太陽の眩しさを和らげてくれている緑の葉っぱが揺れる中で、そっと触れるだけのキスをした。
好きというこの感情の裏返しは、一体どれだけ二人の関係を近づけたり遠ざけたりしたのかはわからないけれど、きっとこれからも二人の関係は変わらずに続いていく。
Fin.
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