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それから

結局俺は、志貴と暮らすことにした。 高山さんからは反対されたけど、今の志貴の状態を説明したら渋々認めてくれた。 「酷いことされたらいつでも連絡して」と言われたけど、高山さんは来年から遠い県での就職が決まっているので、あまり本気にはしていない。 高山さんに説明しに行くと言ったら着いてきた志貴は「あんたに心配されなくても、ちゃんと懲りたし」と舌打ちした。 「こら、志貴!!高山さん、本当にすみません。2度とご迷惑はかけません」と兄として謝っておいた。 バイト先に謝りに行ったら、まだ新しい人が誰も来ていないから、よければ続けて欲しいと言われて、ありがたく続けさせてもらった。 これで生活費は幾分か楽になりそうだ。 志貴にも別のところでバイトするように言って、無駄遣いもやめるように説得した。 俺のために使うお金は無駄金じゃないと反論されたが、別居すると脅したら承諾してくれた。 前よりもあいつの扱いに慣れてきたかもしれない。 俺が休みで志貴がバイトの日、夕方までは晴れていたのに、急に土砂降りになった。 0時までのシフトだと聞いていたから、俺は傘を持って志貴を迎えに行った。 志貴のバイト先はカラオケ店だ。 裏口がない店舗だから、スタッフも正面の入り口から出入りする。 俺は中で待つのも悪い気がして、外の軒下で志貴を待った。 0:20を過ぎた頃、男女2人組がお店から出てきた。 志貴…と、同僚のようにみえる若い女の子。 「志貴」と控えめに声をかけようとしたら 「傘ないなら入って行きますかぁ?」と女の子が志貴の腕を掴んだ。 「あ…、いや…」と、志貴はしばらく思案した後、「やっぱお願いしようかな」と言った。 俺は思わず「志貴」と、今度ははっきりと声をかけた。 「え?優聖?なんでいるの?」 志貴がポカンとした顔でこっちを見た。 なんでって…、いたら悪いかよ。 ムッとして「雨降ってたから傘持ってきたんだけど…、いらないならいい」と言い捨てて 俺は踵を返した。 感じ悪かったかな、と思いつつも 言った手前、引くことができずツカツカと雨の中を歩き始める。 跳ね返る水が鬱陶しい。 「待って!いる!」 志貴が慌てて俺の肩を掴んだ。 それに少しホッとする。 志貴は振り返ると「兄貴と帰るから大丈夫」と女の子に言って歩き始めた。 兄貴…、ね。 あんなに俺のことを兄弟だと思ったことない、とか言っておいて、女子の前では兄弟って言うのか。 俺はまたムッとした。 なぜか俺の傘に入ったまま、歩き出そうとする志貴に畳んで持ってきた傘を押し付ける。 「2つあるから」 「やだ。優聖と一緒に入りたい。だめ?」 「…、兄弟で同じ傘に入るとか、勘違いされるんじゃない?」 ムッとしたままそう言うと、志貴は目を見開いた後、笑った。 「優聖がこの店に来づらくならないように言ったのに…、嫉妬したの?」 「嫉妬ぉ?!そんなわけないだろ!」 全く見当違いで腹が立った… 本当、見当違いもいいところ! 本当に見当違い? … 「っていうか、俺以外のやつと同じ傘に入るとか浮気なんじゃないの?普通のカップルなら浮気だよな?」 「だって、濡れたまま帰ったら、優聖が心配すると思って」 「相合傘の方が心配になるわ」 「ふぅーん」 「…、はいはい。嫉妬です。嫉妬!悪かったな」 「可愛いねぇ、優聖〜」 語尾に音符でもついてんじゃないかってくらい上機嫌で志貴が言う。 「あとね、恋人が迎えに来てくれるのめっちゃ嬉しい」 「あっそ」 たまに不意打ちで迎えに行ってやろうかな。 これは優しさじゃなくて監視だ。 誤解されないように言っておかなきゃな。

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