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ようやく体の熱が落ち着いたのは、真夜中もとっくに過ぎた頃だった。
「みず……」
ぐったりとベッドに寝転んでいるシャールに、水差しからコップに水を入れて口元に運ぶ。
「ごめん、俺、止められなくて」
一体何度極めたか、数えられない。ベッドの上はひどい状態になっている。
シャールは水を飲んで落ち着いたのか、疲れをにじませた顔で艶っぽく微笑んだ。
「謝る必要はないだろ?」
「でも全然セーブできなくて、無理させたよな?」
さすがにやり過ぎた。エスターがいたたまれなくなってうつむくと、シャールはあっさり笑って頭をポンポンした。
「惚れ薬飲ませたんだから、これくらいは予想のうちだ」
そうだった、シャールに惚れ薬を飲ませようとしたんだった。でも返り討ちにあってエスターが飲む羽目になったのだけれど。
いや、この状況は返り討ちとは言えないのか?
「すぐにわかった?」
「当たり前だろ、おれが作った薬なんだから」
「じゃあ、なんでわかってて俺に飲ませたんだよ?」
「鈍いお前にはいいきっかけかと思って。そうまでするほど、切羽詰まってるとは思ってなかったし」
シャールは自分の誘いが、弟子をそこまで追い詰めていたとは知らなかったから、シチューに惚れ薬が入っていることに気づいて反省したのだという。
「それでとっさにシチューを入れ替えた」
「は? なんで反省して皿を入れ替えるんだ?」
その問いに、シャールはいくぶん気まずそうな顔をした。
「あー、つまり、師匠のおれとしては、二百歳も下の弟子に手を出すのは気持ち的に憚られるというか、気が引けるというか。だからお前が迫って来ればいいなと思って、さりげなく誘ってみたけど、真面目なお前には通じてなかったみたいだしさ」
どうやら下着姿でうろうろするのも、ふとした弾みの上目遣いやキスも、そういう意味での誘いかけだったらしい。
照れくさそうな苦笑いをこぼしながら、髪をかきあげる。サラサラの髪が今はもつれてしまっている。エスターが何度もかき回したせいだ。
「だからまあ、惚れ薬の助けを借りてお前がその気になってくれたら、それもありだなと思ったんだよ。こんなもんをおれに飲ませようと思うほど煽った責任を取らなきゃなって思ってさ」
そううそぶいて、拗ねた顔でエスターのおでこをピンと弾いた。
「責任なんて……」
エスターの反論を指先一本で止めて、シャールが「わかれよ」とささやいた。
「大人のやせ我慢ってやつだよ。かわいい弟子が自分を慕ってくれてるのはわかってるし、こっちもやぶさかでないけど、でもやっぱ年頃の娘と恋愛したほうがいいかなと思って町に出してみたり。これでもあれこれ悩んでたんだ」
そうだったのか。色々なことが腑に落ちて、エスターはほっとした。
「それこそ、正直に言ってくれたらよかったのに」
「言えるか。十八歳のガキに向かって」
「そう? シャールの精神年齢は俺とあんまり変わらないと思うけど」
「んなわけあるか」
そう言ったシャールは、大きなあくびをする。
「ごめん、もう眠いよな」
エスターはひょいとシャールを抱き上げると、指先を一振りしてあっという間にシーツ一式を取り換えた。新しく敷いたシーツの上にシャールを下ろすと「体も拭いてくれ」とだるそうな声で注文がきた。
「うれしそうだな」
いそいそと足の先まで全身を拭いていると、シャールが猫のように目を細めてエスターを見ていた。
「うれしいに決まってるだろ。ずっと夢見てたんだから、こんなふうに触ってみたくて」
うっとりと折り曲げた膝にキスをする。
「やっぱり育て方を間違えたかな」
「いいんだ、間違ってても。言っとくけど俺はしつこいよ」
「知ってるさ。お前の魔術は粘りの魔術だからな。きっといい魔術師になるよ」
そんなことを言われたのも初めてだ。
「もう寝る」
体がさっぱりしたら、眠気が襲ってきたらしい。ふわぁと伸びをして、大きなシャツを羽織ってころんと横になる。
「おやすみ、シャール」
「んー、昼まで起こすなよ。で、明日はイチジクのパンと骨付き鶏肉のシチューな」
わがままをいうシャールの声はもう半分眠りかかっていて、まろやかに耳に響いた。
「わかってるよ」
じわじわと胸に湧いてくる幸福感で頬がゆるむ。こうして二人で一つのベッドに入っているなんて信じられない。
明日の朝はイチジクのパンととびきりおいしいシチューを用意しよう。
眠りに落ちたシャールの頬に触れるだけのキスをして、エスターもほこほこと幸せな気持ちで目を閉じた。
完
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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