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第8話 俺にはストーカーがいる

 それから、すでに逗留20日目を迎えた。  もっと早くに解放されると思っていたが、皇子はまだ俺に留まるよう命令を出しているらしい。  幾度となく呼び出されたり、押しかけられたりして、不本意にも話す機会があったが、皇子が話すことといえば自分の自慢とマカドの悪口くらいなのだから、時間の無駄もいいところだ。  朝起きると、薔薇の花束を持った使者がもう部屋の外に立っている。俺はうんざりしていた。 「もういらないと皇子に伝えてよ」  使者に文句を言っても仕方ないことはわかっているが、言わずにはいられない。  その花はいったい何の花なのかと問い詰めてやりたいくらいだ。謝罪か? プロポーズか? だとしたらそれなりの態度というものがあるだろう。  最近では、神殿の外に出ようものなら皇子の配下がすっとんできて俺を皇子のところへ連れて行こうとするもんだから、自然と神殿に引きこもりになってしまっていた。  昨日も、しつこく呼び出されてしぶしぶ会いに行くと、めそめそ泣く皇子がそこにいた。 「俺はマカドにだまされたんだ」 「……そうですか」  そうして、マカドがいかに狡猾な男で、それにたぶらかされた自分は被害者だと延々と言い募る。 「マカドは私を愛していたわけではなかった。ただ皇族になるために、俺に近づいたんだ。なんてひどいんだ」  だまされた、知らなかった、そうなると思わなかった。皇子の話を聞いていると、彼を許さない俺が悪いかのようだ。 「しかも、お前までマカドに騙されて勝手に出奔して、俺をおいて……まあ、反省して帰ってきたからよしとしてやってもいい」  ふふん、と得意げに笑う皇子に俺は辟易した。  ハンローレンによると、皇子は人目があるところでは反省した、自分が悪い、一生をかけて償うと殊勝な態度をとっているらしい。  しかし、俺と2人のときは以前と変わらず、なんなら勝手に出奔した俺が悪く、それを寛大に許している俺に感謝しろと言わんばかりだ。  彼がなぜ俺にこのような態度なのか、俺に謝罪をしないのか、おおよその見当はつく。  彼は俺が折れると思っているのだ。俺が折れて、彼のご機嫌をとる。それが彼にとっていちばんいい未来だ。俺は彼の下僕で、結婚して即位さえしてしまえば、あとはマカドでも、その他の相手でも、よりどりみどりだからだ。  俺は5年間の儀式を終えていない。  いまから彼の配偶者になるには再び5年の月日がいる。そう彼が思っていることが唯一の救いだ。皇子がどれほどわがままを言ったって、5年を1秒にすることはできない。  俺は粛々と皇子をあしらえばいいだけだ。  ーーそれがストレスなんだが。  いらいらしながら朝食を食べていると、ハンローレンがやってきた。  彼の胸で子供みたいに泣いてから、俺はどこか気恥ずかしさを感じていたが、彼はあの出来事を忘れましたといわんばかりの態度なので、俺もなかったことにして接している。 「おはようございます」 「おはよう」 「どうされました」 「……べつに」  俺は耐えようとしたけど、どうしても我慢できず、皇子への不満を口にした。  すぐに他人を威圧する癖、俺を軽んじるところ、不誠実さ、謝罪ができないところ。一度堰を切ると、もうとめられなかった。 「もう二度と関わりたくない。ぶどう畑も目途がついたし、帰りたいよ」  お酢は効果があった。また、ギルたちが俺の指示を分かりやすくして農夫たちに伝えてくれた。  白くなった葉を取ること、取った葉はすべて燃やすこと、土が乾燥しすぎないように水やりをすること、木の根元の雑草を引き抜くこと、これらいろいろな指示を、ギルは農夫にやらせることができた。  科学の知識が乏しいこの国において、俺の指示をやりきれる人はめずらしい。  俺は彼の几帳面さに舌をまいた。  ぶどう畑がこの20日で回復の兆しが見えきているのは、ギルのおかげといっていいだろう。  そうなってくると、いよいよ俺はここにいる理由がない。  村に戻って、やりたいこともできた。俺は早く自分の畑に戻りたくてうずうずしている。 「こちらにいらっしゃるようにと、皇子の命令ですから」  あの俺様皇子にとって、こっちの気持ちはそのへんのぺんぺん草以下というわけだ。 「怖いなぁ」  ぽつりと、本音が漏れた。  神殿には、何度か両親が来たらしかった。彼らは手紙を置いて行っていた。曰く、皇子と結婚して家の名誉を取り戻してくれ、と言いたいのだろう。   皇子が俺を糾弾したパーティーのあと、真っ先に俺を廃嫡したくせに、手のひら返しもいいところだ。    俺は1年間放浪して、お金もなくて、ひもじくて、死にかけた。それをあの村で拾ってもらったんだ。俺が恩を返すのは親ではなく、あの村の人々に対してだ。  しかし。 「親も俺を結婚させるつもりでさ、皇子も結婚するつもりでさ、皇帝陛下はご病気らしいし、……俺、どうなっちゃうんだろうな」  言葉に出すと、それまで漠然としていた不安が、一気に身に迫って感じられた。うす暗い気持ちになってしまう。  寄る辺のない不安定さ。  俺はいらいらとサラダをかじった。 「……困りましたね」  ハンローレンが言った。彼の最初の予定では、大神官が俺に「儀式続行不可」の烙印を押してくれれば皇子もあきらめるはずだったが、そういかなくなってしまった。 「逃げ出すにしても、神殿が一番安全な場所だからなぁ」  唯一皇族が干渉できない場所。それが神殿だ。ここから逃げる場所などない。 「方法が、ないこともないですが」  ハンローレンがそう言って、俺は思わず立ち上がった。 「本当か!?」  スミレ色の瞳が、輝いていた。

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