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第一話

 ――――最悪だ。今日は俺の命日にしよう。  「あれ、麻耶先輩?おーい」  誰か俺を殺してくれ。  人間は超能力を持っている。  クラス替えをした教室に入り、全体を見回してクラスメイトの顔ぶれを確認する。一人一人の容姿とランクを頭の中で組み立てていき、自分はどのランクの人間と付き合えるかを瞬時に感知できる。  この力は誰にでも備わっており、集団生活のなかで必然といえるものだ。  それでも超能力を使うか使わないかは持ち主に決定される。多くの人は集団生活の中で孤立したくないので、神経を尖らせ力を駆使する。だが最初から誰かとつるむ気もない麻耶(まや)は、教室に入っても指定された自分の席に座り、時間が過ぎるのをただ待っていた。  歓談しているクラスメイトたちのざわめきを聞きながら息を潜める。まるで自分だけが深海にいるように、誰にも侵されず静かな日々を送っていた。  そうやって一年を過ごし、二年目となった今年の春。麻耶の生活を脅かす人物が突然現れた。  「会いに来たよ!麻耶先輩!」  けたたましい音と共に教室の扉が開き、ぬっと顔を覗かせた大柄な男は麻耶をみつけると嬉しそうに破顔した。  「わおん……」  「会いたかったよ!」  和音は麻耶に飛びかかる勢いで抱きつき、頬をすり寄せた。顔を引き剥がそうとしても、体格差からビクリともしない。丸太のように太い腕と細枝のような自分の腕では勝敗は火を見るよりも明らかだ。 穏やかな日常が音をたてて崩れていく。  存在を消し、クラスから浮く人間にすらならなかった麻耶が和音に懐かれるようになり、少しずつクラスから浮いた存在になってきていた。  数名の女子から好奇と敵意の入り混じった視線を向けられ口を噤む。  「なんであんな地味なやつが仲良いの」  「もしかしてゲイとか」と陰口を言われていた。  女子の妬みは恐ろしい。言葉一つが蛇のように麻耶の心に纏わりつく。ねっとりとした恐怖が体を蝕み、うまく呼吸ができない。  和音は急に押し黙り、麻耶の手を取った。  「行こう」  クラスの麻耶への雰囲気に気付いているはずなのに、さりげなさを装い教室の外へと連れ出す。原因は和音にあるにしろ、こうやってやさしくされるから突き放せない。  新入生が入学して、半月が経ったあの日。  桜の花びらも緑の葉に衣替えをし、雀たちが春の到来を歓び歌う。朝と夜は上着がないと少し肌寒いが、日中はカーディガンだけでも過ごせるようになってきている。身軽になったことから足取りも軽くなり、自然と歩くスピードが速くなった。  昼休みどきということもあり、渡り廊下を擦れ違う人の数は多い。それに加え、一年生たちが建物や校庭を立ち止まって見物しているので、普段より道が狭まっていた。ぶつからないように人波を縫っていると、大柄な影が視界の隅に入った。  中庭のベンチに腰をかけ、ぼんやりと空を見上げている金髪の男。  周りには誰もおらず、そこだけ切り抜かれたみたいに浮いていた。  やけに体つきが大きく、高校生というより大工や工事現場の人のようだ。それでも窮屈そうに制服を着ていることから、この学校の生徒なのだろう。上履きをみやると、一年生を示す赤いラインが入っていた。  昼休みに一人ということは友だちがいないのか。  入学式から半月も経てば、教室ではある程度グループが形成されつつある。派手なグループや地味なグループ、その中でもランクを細かく分けられ教室での立ち位置が決まる。  その後の高校生活すら定められ、制服の崩し方や髪形なども微妙に線引きされてしまう。  誰かが口に出して言い始めたことではないのに、暗黙の了解で広まっていく謎の儀式。  可哀想に、と柄にもなく同情めいた気分だった。   温かくなってきて気持ちが緩んでいたのだろう。普段なら他人に目もくれないはずなのに、このときばかりは男のことが気になっていた。  進学校でもある藤代高校は真面目な生徒が多い。上履きを履きつぶしたり、スカートを極端に短くしする生徒は多くない。校則は緩い方でもあるため髪を染めている生徒は多いが、ほとんどが地毛のような茶色だ。ベンチの男のように金髪にしている生徒はいままで一度もみたことがない。  それでも麻耶にとってはどうでもいいことだ。自分には関係がない人間のことにこれ以上、気に病む必要がない。  はやく生物室に行かなければ昼休みが終わってしまう。  そそくさと過ぎ去ろうと歩きだすと、金髪の男と目が合った。遠くからでも男が目を見開き驚いているのがわかる。  視線がかち合っただけなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。  長い前髪を押さえつけ顔を逸らすと、右方向から走る足音が聞こえてきた。  『会えた、奇跡だ』  金髪の男は廊下の縁に上半身を乗り出し、麻耶の顔を覗き込んだ。切れ長な瞳がキラキラと輝き、その眩しさに気圧され後退ってしまうほどだ。  『オレのこと覚えてない?』  男は自分のことを指でさし、縋るような目で麻耶をみた。遠くからでは強面の不良のような印象を受けたが、近くで見ると年相応のあどけなさを残していた。  前髪の隙間から男の顔を覗きみる。年下とは思えない背の高さや男らしい筋肉質な体。  鋭い眼光をもっているのに、人懐っこい愛嬌 があった。  どこかでみたことあるような気もしなくもないが、過去はあまり思い出したくない。思い出は麻耶を苦しめるだけの存在だ。  麻耶が首を横に振ると、男は残念そうに眉根を寄せた。  『そっか。急にごめんね』  口の中に砂が入ってじゃりじゃりと音をたてているような後味の悪さが残った。大切なものを見失ってしまった気がしたが、それが何なのかわからない。  『オレ、部原(へばら) 和音って言います!これかよろしくね、麻耶先輩』  どうして俺の名前知ってるんだよ、と言い返したかったのに有無を言わせない笑顔に抑え込まれそれ以上なにも言えなかった。

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