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第4話 白鬼は楽しく生きたい①

 住宅街から離れた森の奥には、寂れた神社がひっそりと建っている。  長い階段を駆け上がっていくと、鳥居の上にとまっていた白い烏が、澄也を歓迎するようにカアと一声鳴いてくれた。澄んだ鳴き声が伝えてくれたおかえりの言葉に、澄也は軽く手を上げて返事をする。  白い烏は、神社に住み着いている古参の住民だ。ひらひらと手を振って挨拶をした後で、澄也はついでのように近くの木から果実をひとつもぎ取っていった。  神社の一角には、ここの主がこしらえた家庭菜園がある。春夏秋冬、何かしらの野菜や果物が実をつけていた。好きに食べていいと言われているし、己以外に育った実を食べるものもいないと知っていたから、澄也は遠慮しなかった。  菜園を通り過ぎた先、石畳を辿っていくと、そこには小さな小屋が建っていた。温かみのある、木造りの小屋だ。がらりと引き戸を開けると、奥で作業をしていた長身の影がゆっくりと振り返る。差し込んだ夕日を反射して、背の中ほどまである真っ白な髪がきらめいた。 「おかえり、坊」    出会ったときから変わらないそのひとの優しい笑顔を見た瞬間、澄也は緩む頬を抑えきれなくなった。 「ただいま、白神様! ……うわっ」 「おっと」    駆けこむように中に飛び込んだ瞬間、うっかり段差に足を取られる。けれど、澄也が転ぶより早く、いつの間にか近くに来ていた白神様は片腕ひとつで澄也の体を受け止めてくれた。片腕に皿を持ったまま、白神様はくすくすと笑う。細身に見えても、この真っ白な神様はひどく力が強いのだ。 「せっかく新しい装いになったというのに、中身はやんちゃ坊主のままだねえ」  間近に見えるからかうような表情と、ふわりと袖から漂う甘い香りに、澄也は慌てて白神様から身を放した。  何年経っても見慣れない。背の中程まで伸びた真っ白な髪に、人ならざる金色に輝く不思議な瞳。柔和に微笑む白神様の顔は、ぞっとするほど整っている。  切れ長の目は意外にも鋭いので、黙って立っていれば畏怖を与える見た目だろう。けれど、柔らかな表情とほんの少しだけ気崩されている淡い色の着物が、恐ろしいほど美しい白神様を、一気に親しみやすく見せていた。二十代半ばくらいに見えるけれど、実際のところ何歳なのか澄也にも分からない。聞いても教えてくれない上に、知り合って何年経っても見た目が一切変わらないからだ。  白神様は美しいひとだった。人の姿をしているけれど、多分、人間ではない。それを証明するように、常に澄也の周りに集まる魔物たちだって、白神様を怖がっているかのように決して神社には近づかない。 「『小学生』になったのだった? 三年経ったら次は『大学生』になるのだったかな?」 「中学生だよ。小学校はこの間卒業したじゃないか。その後が高校」 「ややこしいねえ」 「前にも言ったよ、白神様。もう忘れたのか?」 「年寄り扱いしないでおくれ」  白神様は澄也でも知っているようなことを知らない。かと思えば授業で習った歴史の話をすると、昨日のことみたいに語って聞かせてくれる、不思議なひとだった。  澄也が庭の木から拝借してきた桃をひとつ食べ終わるころには、机の上には野菜たっぷりの食事が並べられていた。  作り立ての料理の香りが食欲を誘う。いそいそと机の前で正座した澄也は、手を合わせながら白神様をじっと見上げた。 「白神様、いつもありがとう。……あと、ごめん。本当だったら、お金を払わなくちゃいけないだろう。俺、もらってばっかりだ。何も返せてない」 「なんだい、いきなり。いつもそんなこと気にしないだろうに」 「気にした方がいいのかなって思ったんだ。俺、毎日来てるし……」  気にしまいとは思っても、健に投げつけられた言葉は、ちくりと澄也の心に刺さっていた。毎日毎日憑りつかれたように通っている。通うのは澄也の自由だが、白神様にとっては迷惑でしかないだろう。うなだれる澄也を見て、白神様は小さく苦笑した。 「野菜は裏の畑で育てたものだし、坊が食べてくれると私も嬉しいんだよ。お金もお返しもいらないよ。おいしく食べて元気に育ってくれれば、それで十分」  優しい眼差しに、胸がほっこりと熱くなった。湧き上がる気持ちそのままに、澄也は頬を緩める。 「俺、白神様が大好きだ。いつも本当にありがとう」 「どういたしまして。私も坊が大好きだよ。さあ、たくさんお食べ」 「うん」  ぽつぽつと話をしながら、出された食事をきれいに平らげる。机の片隅に箱詰めされて置かれているのは、明日の朝と昼の分の食事だ。優しい白神様は、親に食事をもらえない澄也の状況を知って以来、何も言わずに毎日恵みを与えてくれていた。    澄也が食事を済ませると、白神様はおもむろに隣の座布団を叩いた。近くに来いと示す仕草に、澄也は首を傾げながらも膝でにじり寄る。 「何?」 「悲しいことがあったんだろう?」  澄也の顔をじっと見て、白神様はさらりとそう言った。

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