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第7話 はじまりの日①

 澄也が白鬼と出会ったのは、彼が七歳の誕生日を迎えた日のことだった。幼なじみの黒崎健と灰崎ひまりと一緒に、三人で毎日のように遊んでいたころのことだ。 『探検しようぜ、スミヤ、ひまり! 面白そうな神社を見つけたんだ!』  誇らしげに目を輝かせた幼なじみに付き合って、三人で寂れた小道を歩いた。林の奥にある、壊れかけた鳥居を覗いて帰るだけ。親に行くなと言われていた区域であることも忘れて、子どもたちは小さな冒険に浮かれていた。  その小さな好奇心が、不幸を呼び寄せた。神社に続く階段を上り始めた直後、澄也たちは化け物に目をつけられた。  それは、小さな田舎町では見たことがないほど、大きく汚い魔物だった。 『うまそう おまえ うまそう』  うさぎの皮を纏った化け物は、甲高い声でそう叫んでいた。子ども三人を軽々と飲み込めそうな真っ黒な怪物は、澄也たちを見て舌なめずりしながら、ぼたぼたと涎を垂らしていた。  けれど、気味の悪い言葉が聞こえていたのも、危険に気がついていたのも、澄也だけだった。無害なうさぎのふりをした化け物の正体を見抜いていたのは、魔物の声が聞こえる澄也だけだったのだ。  危機感のない健とひまりの手を引いて、澄也は必死で走った。離せと言われても、急にどうしたのと怖がられても、澄也はふたりの手を離さなかった。  恐怖で頭が真っ白になっていた。どちらに向かって走っているのかさえ分かっていなかった。それでも幼なじみたちを守りたくて、澄也は闇雲に前に向かって走ったのだ。  けれど、子どもの全力疾走は長くはもたなかった。澄也たちが息を切れさせ、疲れ果てるその時を待っていたかのように、うさぎの皮を脱ぎ捨てた黒い化け物は、鋭い爪をひょいと振るった。幼なじみたちをとっさに庇った澄也は、澄也の背後にあった鳥居ごと、傷を負わされた。その威力は、まっすぐに立っていた鳥居にヒビを入れ、わずかに傾けてしまうほど強いものだった。 『逃げろ!』    幼なじみたちの背を押して、澄也は叫んだ。一番ひどい傷を負ったのは澄也だったけれど、ひまりと健も浅くはない傷をつけられて泣いていた。  ふたりを逃がさなければいけないと、それだけが澄也の頭にあった。幼なじみたちと逆向きに走り出した澄也は、鳥居をくぐり、何もない神社の奥へと足を踏み入れた。けれどいくらも走らぬうちに、澄也は化け物に突き倒され、地面へと抑えつけられてしまう。  地面に擦れた肩が痛くて、抉られた背中がひどく熱かった。きっと自分は、ここでこいつに喰われるのだと澄也は思った。怖かったけれど、大切な幼なじみたちを守ることができたなら、それでいいと思った。  けれど天は彼に味方した。人の立ち入りを禁じるための鳥居は化け物の爪で傷つけられて、結界の役割を為さなくなった。古びた神社の奥に逃げ隠れていた存在に、澄也は出会うことができたのだ。 『おやおや……』    柔らかい声に誘われるように顔を上げ、おそるおそる目を開けて――直後に澄也は大きく目を見開いた。

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