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最終話

 あのまま気を失ってしまったらしい。身体全体が気怠く腰が痛い。目蓋を開けることすら億劫で、目を瞑ったまま恋人の姿を探した。  真新しいシーツの中を手でまさぐっても思い当たるものにぶつからず、海人はようやく目蓋を開けた。  リビングから物音がする。真っ暗な寝室とは違い扉からは煌々とした光が漏れていた。  「空?」  名前を呼ぶとぴたりと物音が止み、ドアから空が顔を覗かせた。  「身体平気?」  「起きたらいないからびっくりした」  「もしかして寂しかった?海人が寝ている内に帰ってくるつもりだったんだけど」  どこかに出かけるつもりなのか、空は来たときと同じ服をすでに纏っていた。反対に海人は素肌のままで情事の後を色濃く残し、隠すようにシーツの中に埋まった。  「俺、家に帰るね」  ここは実家ではなく海人の部屋だ。いまはもう一緒に住んでおらず、空には空の帰る場所がある。  肩を落とすと空はそうじゃなくて、と両手を振った。  「一回家に帰って荷物を持ってくるの」  「どういうこと?」  「最低でもスーツは持ってこないと、明日入学式だし。あと洋服とかかなあ。日用品は買ってくればいいし」  「それって……」  「俺も今日からここに住むよ。異論は認めない。あ、母さんたちは説得したから心配しないで」  有無を言わせない空の発言に笑ってしまった。空は一度決めたらなにがなんでも通すのだ。けれどそれが幸せで楽しくて仕方がない。  「わかった。でも俺も一緒に行く。母さんたちとちゃんと話さないと」  「そう言うと思ったから一人で帰るつもりだったのに」  「二人のことなんだから、二人で乗り越えないと駄目だろ。まだちゃんと認めてもらってない」  「そういう真面目なところが海人の美点だよ」  「はいはい。じゃあ俺も着替えるから」  「でもその前に」  ぐっと空の顔が近付いてくる。やさしいブラウンの瞳は昔から変わらない。  青を思い浮かべる。  空の青、海の青、空の笑顔。  身体の芯から甘い痺れが伝染し、海人の心を包み込んでくれた。  海人は目蓋の裏に空と海が交わった水平線を描き、訪れる甘い熱を待った。

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