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第十六話

 夕方からバイトがあるということで武田は帰って行った。まだ半分くらいしか荷物整理ができてなかったが、もうくたくたでやる気がでない。  お湯を沸かしインスタントの蕎麦を食べた。空腹を満たすためだけの麺は、味があるようなないような微妙なものだった。それでも胃に入れば腹は膨れる。  実家では常に誰かと食卓を共にしていたので、一人で食べるご飯は初めてだ。味気のない蕎麦はインスタントだけが理由ではない。  蕎麦を啜る音とテレビの音だけが虚しく響いた。  壁にかかったスーツを見上げ、これからの未来に思いを馳せた。新しい大学、新しい友人に囲まれて時間の流れに沿って年を重ねる自分を想像し、そこに空の姿が描けないことが悲しい。  あの日を最後に海人は空から離れた。恋人にも兄弟にもなれず、ただ二人を隔てる溝が深くなっていくだけだった。  両親とは少しずつ関係は修復に向かっている。無音だった家がかつての活気を取り戻そうとしていた。  ただ空は卒業するまで祖母の家に住み、家に戻ってくることはなかった。  容器を流しにいれ、海人は荷解きを再開した。せめて寝室だけでも片付けないと今晩は床で寝るはめになってしまう。  ダンボールを開け、中身を取り出し収納ボックスに入れる。  それを何度も繰り返しているのに、なぜか部屋が散らかっていくようだった。  昔から家事ができたが、掃除だけは苦手だった。きれいに入れているつもりでも、気が付けば汚くなってしまう。時計をみると夜の八時を過ぎようとしていた。  部屋のチャイムが鳴り、海人はダンボールから顔を上げた。武田が忘れ物でもしたのだろうか。  「忘れ物でもした?」  玄関の鉄扉を開けると自分によく似た男が立っていた。突然の来訪に言葉が続かない。  男は懐かしい笑みを浮かべた。  「誰と勘違いしてるの?」  「空……」  「久しぶり」  「ひ、久しぶり」  「引っ越しの作業終わった?まだだったら手伝うよ」  「……ありがとう」  扉を大きく開き空を中に入るように促す。  まだ片付いていないダンボールの山を見て、空は苦笑を漏らした。  「片付けるの苦手なのは変わらないね」  「これでも頑張ってるんだけど」  「じゃあ俺は寝室の方やるから、海人は台所やっちゃって」  てきぱきと指示を残し、空は寝室の方へと姿を消した。  どうしてここに来たのか理由を訊く暇も与えられず、もやもやとしたまま荷物整理を始めた。  台所が終わると洗面所、風呂と指示され空が来てから二時間くらいですべての荷物を出し切った。玄関には大量のゴミとダンボールが積まれている。これをゴミ捨て場に出せば完了だ。  「ありがとう。すごく助かったよ」  「どういたしまいて」  「喉渇いたでしょ?お茶でよければあるよ」  「お気遣いなく」  空はリビングのソファクッションに腰を下ろし、満足そうに部屋全体を見回していた。  こっちがなぜ来たのかぐるぐると悩んでいるのに、空に変わった様子はみられない。興味深げに窓の外に目を向けてみたり、海人がお茶を出す様子を面白そうに眺めていた。  「海人にお茶出してもらうの変な感じ」  「まあ一応お客様だし」  「そうだね」  グラスに注がれた麦茶を一気に飲み干すと、空はふうと息を吐いた。  窓から春の涼しい風が入ってくる。夜の帳が下りてきて紺青の空に星が瞬き始めていた。  二年ぶりの再会にお茶を飲みながら空の様子を窺う。髪が短くなり色がブラウンから黒に変わっていて、白い肌と相まって大人びてみえた。  目が合うと空はふわりと笑った。目尻が下がり泣きぼくろにきゅっと皺が寄る笑い方は昔から変わっていない。  「ここに来たのはさ、やり直しに来たんだ」  「やり直し?」  「この二年間、ずっと自分と気持ちと向き合ってきてある一つの答えに出たんだ」  空は一度言葉を区切り、海人は続く言葉を待った。  「やっぱり海人が好きだ。二年間離れても一ミリも気持ちは変わらなかった。例え両親に絶縁されても、俺は本当に海人さえいればなにも怖くない」  「空……」  「あ、もちろん海人の気持ちはわかってる。海人は誰も傷つけたくなかったんだよね。二年間経ってようやく海人の気持ちに気付けたよ」  そう語る空の横顔が泣き虫の弟ではなく、一人の男として映った。  離れてから二年間。海人が空のことを考えているのと同じ時間だけ、空も海人のことを想っていてくれた。  込み上げてくる熱いものが双眸を濡らす。  それは涙となって頬を伝い、床に落ちた。  「泣かせるつもりじゃなかったんだけど。ごめんね」  空の大きな手のひらが海人の両頬を包み込む。次から次へと溢れてくる涙を空の指が拭ってくれる。  「空は莫迦だ。俺の気持ちがわかってるのに、どうしてそんなに強いの。俺たちは双子で男同士で……世間では認められないんだよ」  「分かってる」  「きっと普通の人より辛いこといっぱいあるよ」  「俺が海人を護るよ」  空の将来を思っての決別だった。これから先、空にはたくさんの出会いが訪れる。きっとその中で素敵な巡り合わせがあって結婚し、子供が生まれる未来もある。  そんな当たり前の幸せを奪えるほど、海人は強くない。  空の幸せを願いながら双子という関係を呪い、一人で生きていく覚悟もしたのに空の顔を見たら簡単に崩れてしまう。  空の胸に飛び込むと背中に腕を回された。  久しぶりに嗅いだ空の匂い。  「海人」  顔を上げると空のブラウンの瞳は力強く瞬いている。なにがあっても折れない強い意志は海人を映していた。  「愛してる」  「俺だって、ずっと、空のことを」  あやすように空の唇が顔中に落ちてきて、また涙が零れた。  啄むように唇が重なり、次第に隙間を縫って舌が口腔に進入してくる。舌を吸われると身体が震えた。  火照り始めた身体は支える力すら奪い、フローリングの上に押し倒された。  情欲に塗れたブラウンの瞳が「欲しい」と雄弁に語っている。  腕を伸ばして空の首に絡ませた。ぎゅっと力を込めると痛いよ、と笑われた。  空は少し身体を浮かして海人の手を両手で包んだ。そのこぶしに口付ける。  「こうしてまた海人に触れられた。もうなにを言われても離してあげないから」  もう一度キスをされると顔を見合わせて笑った。  「続きするね」  返事をするよりも先に抱え上げられ、寝室へと運ばれる。ほとんど同じ体型なのに軽々しく抱えられて、筋肉量の差を感じた。  ベッドの上に恭しく横たえられ、その上に空が覆い被さってくる。シーツから真新しい匂いが昇ってきた。  糸が切れたみたいに荒々しいキスの嵐が襲ってくる。薄い唇を噛み、口腔へ舌がねじ込み歯列をなぞられると背筋が震えた。  甘い快感が下腹部に熱を集める。ボトムの布地を押し上げているものを指で弾かれ、腰が大袈裟に跳ねた。  「もう勃ってるの?」  「だって」  「ん?」  「空が触るから」  空の顔が赤くなり、自分がとんでもないことを言ったのだと気付いた。じわじわと顔が熱くなってくる。  「そんなこと言われるとめちゃくちゃ気持ちよくさせたくなる」  「あっ、待って……」  ボトムと下着を下ろされると張りつめた屹立が顔を出した。空は薄い茂みの中に顔を埋め、根元を舌で舐める。  微弱だった電流が徐々に身体全体を流れ込んできて、快楽で頭が痺れる。水っぽい音と連動して腰が浮いた。  「んっ、ん……!」  舌で吸いつきながら右手で根本を上下に擦られ、屹立は限界まで張り詰める。あっけなく熱を放出すると空は丹念に舐め取って一滴も零さず飲み下した。  唾液と精液で濡れた唇から赤い舌が覗き、海人を誘っている。  「痛かったら我慢しないで言ってね」  空は自分の指を舐めてから海人の蕾の輪郭をなぞった。一点に視線が注がれ、海人は堪らずぎゅっと目を閉じた。爪先が肉壁を広げながら指が入ってくる。焦れったいほどのスピードで海人の中を広げていった。  「あ……あっ、ん」  「痛い?」  首を横に振ると空は目尻を下げた笑顔を浮かべた。  「よかった。海人の中、気持ちいいよ。早く挿れたい」  急かすような言葉とは裏腹に、中を解す空の指は丁寧に肉壁を広げる。  指が二本に増やされても痛みはなく、慣れない異物感が増すばかりだ。でもこの行為の先にある交合を思えば、なんでも耐えられる気がした。  「空……」  「辛い? それとも苦しい?」  「早く、空が欲しい」  「こっちが必死で我慢してるのに。人の気も知らないで」  海人の足を割って空が身体を入れてくる。  屹立を取り出した空は腰を進めた。  海人の中に空が入ってくる。初めて受け入れる熱量は熱くて大きくて苦しい。けれどようやっと一つになれた喜びで涙が溢れた。  ゆっくりだった律動が段々と小刻みになってくる。激しく揺さぶられ四肢がばらばらに動いても空は海人を抱き締めた。いつだって空は海人を手放そうとはせず、引っ張ってくれていた。  空の背中に腕を回して必死にしがみつく。  振り落とされないように力を込めると、空は「動きにくいよ」と零したが離そうとはしなかった。  「そらっ……そっ、ああっ!」  「かいと、海人っ」  空の名前を繰り返すと、空も海人の名前を何度も呼んだ。合間に「好きだよ」と加え忘れないのが空らしい。  「あっ、あっ……ん、」  官能が身体中を巡って出口を探して暴れ回る。早く熱を放出したい。空を見上げると海人の気持ちを悟ってくれた。  「一緒にイこうか」  天を仰ぐ屹立を上下に扱かれ腰の動きも速くなる。ずんと最奥を突かれると目の前に星が散った。  「ああ」  海人は自分の身体に二人分の熱量を受け止めると、意識が遠退いていった。

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