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第十五話

 桜の花びらが部屋の中に入ってきた。新品のベッドの上をくるくると踊り、フローリングに落ちる。すると事切れたみたいに動かなくなり、ようやく花びらを捕まえることができて、ゴミ袋の奥の方へ入れた。  海人は部屋に積まれたダンボールの隙間を抜け、網戸を閉めた。  「窓開けてって言ったけど網戸はちゃんと閉めてよ」  「細かいことは気にするな」  「虫入ってきたらどうするの。あーあ桜もこんなに入ってきちゃって」  フローリングに溜まった桜の花弁は歩く度にふわりと舞ってしまい、息を吹き返すように踊りだす。予測のつかない動きをするので、どんどん花びらは部屋の奥へと進んでしまう。  荷解きするより先に掃除をしなければならなくなり、余計な手間を増やした友人を海人はじとりと睨みつけた。  だが引っ越しの手伝いを無償でやってくれる武田に文句を言える身分でもなく、仕方がなく掃除機を取り出して花びらを吸い取った。  「これはどこに置くんだ?」  「それは本だから向こうの部屋」  「あいよ」  とりあえずリビングに押し込んだダンボールを一つ一つ確認して各々の部屋へと運んでいく。本や洋服が殆どだが台所用品や日用品などかなりの数になる。  一人分にしては多すぎる荷物は、備えあれば憂いなしと母親に言い包められてしまったせいだ。家賃のわりに部屋数が多いから置く場所には困らないが、今日中に片付けが終わるかは微妙だ。  「俺たちも大学生か」  リビングに戻ってきた武田は額の汗を拭い、スポーツドリンクを煽った。  「そうだね。まだ全然実感湧かないけど」  「入学式はいつ?」  「明後日。武田も同じ?」  「俺は明日だったような、明後日だったような」  「ちゃんと確認しときなよ」  新品のスーツを皺にならないよう壁にかける。制服と違い自分の体型に合うように設え、素材もいいものを選んだ黒色のスーツは大人の象徴に思えた。  「お、いいスーツじゃん。俺なんて五点セットで二万のやつなのに」  「母さんたちが一着ぐらい良いものがあった方がいいって言うから」  「羨ましいわ。じゃあ空も同じの持ってるの?」  「どうだろ。それは訊かなかったな」  「本当に会ってないんだ」  武田の表情が次第に曇ったが海人は気付かないふりをして、荷物を整理した。  「空も一人暮らしするんだろ?」  「どこに住むかは訊かなかったけどね」  「あんなに仲が良かったのに、お前らどうして喧嘩なんかしたんだ?」  「喧嘩じゃないよ」  「最後まで学校でも顔合わせなかったじゃん。結局そのまま卒業しちゃったし、それでいいわけ?」  武田の言葉に笑って返すことしかできない。  二人の友人でもある武田は海人たちの仲違いをずっと気にしていた。二年という歳月を経てもその態度は一貫とし、どうにか仲直りさせようと試みてくれていた。  海人の笑顔に武田は苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。  「お前たちはずっと仲がいい兄弟だと思ってたよ」  「ごめんね」  「どうしても理由言えないのか?」  空との間に起こった出来事を武田に言えるはずもなく、些細なことで距離ができたと伝えただけだった。  「もう大丈夫だよ」  「ならもっと大丈夫って顔しろよ。いまにでも泣きそうな顔しやがって」  鋭い観察眼を持つ友人には適わない。海人は今度こそ笑顔を浮かべた。  「ありがとう」  やさしい友人を持てて幸せだ。

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