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第十四話

 昇降口で待っている空は爪先を見下ろしたままぼんやりしていて、昨日と同じ行動に既視感を覚えた。  「空、話があるんだ」  「どうしたの?」  「こっち来て」  空の手を取り人の少ない場所へと向かう。  昇降口へと向かう波を逆らい、海人は中庭に空を連れ出した。  新校舎と旧校舎の間にある中庭は古びたベンチと小さな花壇しかない。だから放課後になるとこの場所には誰もおらず、静謐な空気が漂う。  空の手を離し、正面に向き直る。  海人のただならぬ雰囲気に、空は困惑した様子でスクールバックの柄を何度も握り直していた。  空の目から逸らさないで海人は言葉を発した。  「ばあちゃんと話してる?」  「あなたたちで決めなさいって言われた」  「そっか」  「海人は母さんたちと話し合ったの?」  「昨日、話した」  海人が言葉を区切ると空は緊張した面もちで続きを待った。  「空はこれからどうしたい?」  「どうって」  「俺と一緒にいたい?」  「いたいに決まってるじゃん!」  空の力強い瞳は海人の迷いすらなくさせてしまう。その強さに惹かれ、その逞しさに甘えていた。空が言うなら仕方がないと、自分の気持ちを任せきっていた。そのせいで大切な人たちを傷つけた。  「空との関係を続けるなら、縁を切ると言われた」  「そんな」  空の顔は青ざめ、大きく目を見開いていた。  心のどこかで両親は受け入れることを期待していたのだろう。  血の繋がった家族に絶縁を叩きつけなければならないほど、自分たちは両親を追い込んでしまったのだ。  「それでも俺の恋人になりたい?」  自分はなんて卑怯な奴なのだろう。誘導尋問のように空へ回答を導かせ、すべてに決着させようとしている。  空は視線を上に向けた。  「俺はすべてを失う覚悟はできている」  「父さんたちも?」  「うん。俺は海人がいればそれでいい」  「……じゃあ最後の確認」  海人は空との間の地面に足で線を引いた。  「これは俺たちの境界線だよ。この線を越えたらもう二度と兄弟でいられなくなる。そしたら俺は二度と空の前に姿を現さない」  自分たちの間にある線が空と海を隔てる水平線のように思えた。どんなにお互い恋をして同じ色に染まっても、別々の個体だと示される。決して一つにはなれない。海人と空を隔てる兄弟という関係も消すことはできない。  「どういうこと」  「空とずっといたいけど、恋人としてはいられない。それを望むなら俺はもう空には会わない」  「二人で乗り越えようよ。どうして勝手に決めちゃうんだよ!」  「俺にはすべてを失う覚悟はない」  「そんなこと」  「父さんも母さんもばあちゃんも、大切なんだ」  空は奥歯を噛んで苦悶の表情を浮かべた。  湿っぽい風が二人の間を流れていく。  耳がきんとする静寂が続いた。世界に海人と空の二人しかいないような時間が流れる。  空が小さく息を吸い込んだ。  「もう決めたの?」  「うん」  「海人は頑固だから決めたら譲らないもんな」  「それはお互い様でしょ」  「そうだね。でも海人の方が頑固だよ」  空の頬に一筋の涙が伝った。

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