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第24話 マンチカンとシャム⑪

年が明けたと思ったらあっという間に3月になった 去年の夏頃から少しずつ始めていた就活が佳境を迎え、ほとんどの学生が6月には就職先が決まる アヤメも例外ではない 第一志望は公務員だから、友達ほど焦ることはないが別の懸念材料がある プッシールームに勤めていること、辞めたあとは勤めていたことを誰にも知られてはいけない ※※※※※※※※※※※※※ 酉の市のVRアニメが完成したのは4月頭だった 両親の結婚記念日の4月25日か、母親の誕生日の6月11日に間に合えばいいと思っていたからホッとした 「コタローさん、4月25日って暇ですか?」 「ひるよる?」 「どちらでも大丈夫です」 コタローはスマホを見てうなずいた どちらでも大丈夫だということだ 結婚記念日、母親は父親の墓参りにでかけるため仕事を休む アヤメは行ったり行かなかったりだが、今年は万障繰り合わせて付き合うつもりだ コタローに墓参りまで同行をお願いするつもりはないが、母親にVRをプレゼントするときにはそばにいてほしいと思った 「アヤメ、今日はありがとう」 父親の菩提寺の境内で、桶に水を注ぎながら母親が言った 「お礼を言われることでもないけど…」 「実は13回忌なのよね」 母親が水が溜まった桶を自分で持とうとするので、アヤメが代わりに持った お墓にはすでに誰かが供えたとみられる真新しい花がささっていた 「誰だろうね」 母親はアヤメの問いには答えずに、花瓶の水を変え持参した花を元あった花に添えてさした お墓が一気に華やかになった 「向こうの両親も歳だし、法要もしないけど」 母親は火をつけたお線香の束をアヤメに渡した 二人でお墓に手を合わせた 「母さん、このあとご飯食べに行くじゃん。友達呼んでいい?見せたいものがあって」 「いいけど何?怖いんだけど…」 「変なものじゃないから大丈夫だよ」 滞在時間10分の短いお墓参りだった アヤメはあらかじめ予約していた店に母親を連れていき、コタローにも連絡を入れた コタローはすぐにやって来た 「母さん、こちら、稲生小太郎(いのうこたろう)さん。あるものを作ってくれて…」 「あるものって?」 アヤメがうなずくと、コタローはバックパックからキーボードつきのタブレットを取り出して、母親の前に置いた 最初はいぶかしげにタブレットとコタローの顔を見比べていた母親の表情が、みるみるうちに変わっていった まばゆい提灯の明かり 色鮮やかな熊手の露店 すれ違う人々の息づかいや足音 アヤメはそのあまりの美しさに息を飲んだ 「ここ…」 「花園神社。父さんと母さん、デートしたことがあるんだろ?」 「なんでそれを…」 「写真、よく見てるじゃん」 コタローからマウスを借りた母親は境内を進んでいった 「懐かしい…」 母親の反応を確認したコタローがもう一度マウスを受け取って、カチカチと操作した 「うそ…」 母親が画面に見入って言葉を失った そこには、先日アヤメが着たものと同じ浴衣を着た父親が立っていた 「パパ…なんで…」 母親の目にみるみるうちに涙がたまっていって、やがて容量をオーバーした分が頬を伝って流れた 母親と別れたあと、アヤメはコタローを飲みに誘った まだ陽は高かったが、代金とは別にお礼をしたかった コタローの家の近くには有名な飲み屋街がある 朝からやっている大衆居酒屋もあるが、さすがにムードがないと思い、ランチメニューにアルコールもあるカフェバーに入った 「コタローさん、ありがとうございました」 コタローがうなずいた 表情は変わらないが、雰囲気が和らいでいる 本人も満足しているようだ 「初めて見たときも思ったんですが、VRの方一本でやらないんですか?それだけで食っていけなくても、コタローさんの技術なら企業でもクリエイターとしてやっていけそうですけど…」 コタローが首を振った それは、謙遜しているのかこのままフリーでやりたいという意味なのか、計りかねた だが、アヤメにとっては渡りに船だ 「実は提案があるんですけど」 アヤメはコタローのビー玉のような瞳を覗き込んだ 「俺、来年就職するんです。そしたら一緒に暮らしませんか?」 コタローと付き合い始めて、わりとすぐから考えていたことだった コタローの驚いた表情は見慣れていたが、今日はその先を知りたくて少しの表情筋の動きも気になった だが、コタローは固まったまま動かない アヤメは食い下がるしかなかった 「それで…そしたら…もし俺が働き始めたら、コタローさん、プッシールームを辞めてください。それでVR(制作)に専念してください。コタローさんの足りない分は、俺が働いて補いますから」 【金銭的に】という言葉を入れ忘れた いや、本当はそんなことはどうでもいい アヤメは首を横に振った 「違うんです。本当は違う」 コタローの表情がわずかに変化した 「俺は…コタローさんが好きで、もう誰にもコタローさんのイク時の顔や体を見てほしくない」 コタローが身を乗り出して、震えるアヤメの手を握った

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