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第29話 のら猫
ホストクラブで耳打ちしてきた男は、【Tout 】の弟分雑誌にあたる【Joli 】の読モらしい
なんのつもりでトワにそんなことを言ったのかはわからないが、九のことなら捨て置けない
そう思ってプッシールームについて調べ始めた
最初はネット
だが、プッシールームの予約サイトに入るには、店が発行するログインパスワードが必要だった
トップページの下部に【初めての方は直接ご来店ください】と書いてあった
ネットでは、ホームページ以外それらしいものはヒットしなかった
風俗レポやクチコミなどもない
そこで直接知ってるひとを探すことにした
顔見知りのホストやキャバ嬢、クラブ関係者、客…
その中に一人だけ、週1でプッシールームに通っているというホストがいた
ホストは、自分が入れあげている【ココア】ちゃんについて熱く語った
「1号店のことはわかったけど、2号店?ってのがあるんだろ?」
「あーあるらしいですねー」
男はシャンパンのおかわりをトワのグラスに注いだ
金色の泡が弾けて消えた
話を聞くために、一生ナンバーワンにはならなそうな、だが、小器用に接客ができる可もなく不可もないそのホストを指名して、高いボトルを入れた
父親が仕切っている店でもお金はきちんと落とす
むしろ父親が仕切っている店だからこそ、礼儀正しくしなければならない
「2号店が男のスタッフって言うのはホント?」
「らしいですね。俺の要望でできたって自慢してる常連のおっさんに会ったことあります。俺は男なんてキモくて無理っつったんですが、おっさんは『お前はなんもわかってねーな』って。失礼な話ですよね」
「そのおっさんの連絡先って知ってる?」
「店の待ち時間に近くのバーで話しただけなんで…でも、あそこのバーはプッシールームの客が多いから他にも知ってる人がいるかもです」
そう言って店の名前と場所を教えてくれた
ホストに教えてもらったバーは、プッシールーム1号店の真向かいのビルの3階にあった
他にもたくさんバーやカフェ、飲み屋があるなか、なぜこの店なのか
入ってみてその理由がわかった
窓際の席に座ると、3階の外階段が見え、プッシールームの客の出入りがわかるのだ
それに一人で飲んでいても苦にならない雰囲気だ
その証拠に、客のほとんどは一人客だった
窓に面したカウンター席には先客が二人いたが、彼らもプッシールームの客かと勘ぐってしまう
露骨にならない程度に顔を確認し、席に着いた
しばらく窓の外を見ていると、グレーのスーツにバックパックを背負った中年の客がプッシールームに入っていった
その5分後、もう一人、黒のジャケットにベージュのスラックス姿の男性が入った
しかし、後に入った客はすぐに出てきてそのままトワがいるビルに来た
ほどなくして、その男がバーに入ってきた
案の定、真っ直ぐにカウンターに向かってきた
男がオーダーをしたのを見計らってトワは声をかけた
「2号店?あー、俺はソッチじゃないから行ったことないかな。ごめんね、役に立たなくて」
「いえ、他に知ってそうなひとって知ってますか?」
トワはメニュー表をそっと男の前に指し出した
男はその意味を理解したらしく、「悪いね」と言って、少し値の張るウイスキーを頼んだ
「『男のプレイヤーの店を作るようオーナーに助言したのは俺だ』っていつも自慢してる人がさっき受付にいたけど…」
「もしかして、グレーのスーツにバックパック?」
「そうそう。40くらいの」
トワは男にお礼を言って、自分と男の分の伝票を持って席を立った
ビルの前で男が出てくるのを待った
約1時間後、男がビルから出てきた
トワはしばらく男の後をつけ、バーの窓からは死角に入ったところで声をかけた
「すみませーん」
「はい?」
「おにーさん、いまプッシールームから出てきましたよね?」
男の気配がにわかに剣呑なものになった
「そんなに警戒しないでください。僕バイなんですけど…」
「あ?」
凡庸な見た目とは裏腹に、ネジが一本飛んでそうな雰囲気
「今日、そこのプッシールームに来たんですけど予約で一杯で。それで仕方なくそっちのバーで飲んでたら、同じように待ってるひとから2号店の話を聞いて…」
「ああ」
そこまで話して男は警戒心を解いたようだった
「俺がアイデア出したって話、誰かから聞いたんだ?」
これから自慢話でも始まりそうな顔になった
だがトワが聞きたいのはそれではない
「ええ。興味あるんですけど、場所わからなくて」
「あー、それで」
トワはポケットから1万札を出した
「僕のせいで帰り遅くなっちゃいましたよね?これ、タクシー代にでもしてください」
男は1万札を受けとると2号店の場所を告げた
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