36 / 161

第36話 ロシアンブルーの正体②

「悪いな」 バーからプッシールーム2号店までは徒歩で5分とかからない だが、大通りではなく入り組んだ路地を通るので、用心に越したことはない 「お前、ちゃんと金もらえよ?マサトさんからは俺から言っとくけどさ」 バーのオーナー(長谷川)に話したところ、やはりしばらくは付き添いがいた方がいいと言うことだった 「もらってます。大丈夫です」 「それならいいけど…」 「けど、なんですか?」 「え?!それ聞いちゃう?お前ハート強いね!」 結局【けど…】の後は聞けずはぐらかされた ※※※※※※※※※※※ バーにエスプレッソマシンが導入されたことをきっかけに、リンは開店時間に行ってカプチーノを飲んで待つようになった いつの間にか、ミナミがリンのためにカプチーノを淹れてくれる背中を見るのが好きになっていた 「お前も変わったな」 ミナミがいない隙を狙って長谷川がリンに耳打ちした リンと長谷川の関係はミナミには内緒にしている 「義叔父(おじ)さんこそミナミさんに甘いんじゃないですか?カフェに向けての準備でしょ?あれ」 「それもそうだけど、酒の後コーヒー飲みたいって客が意外と多くてね。お陰で売上伸びたよ」 「まあ、わかりますよ」 リンも無類のコーヒー好きだ ハイスペックなエスプレッソマシンで入れたコーヒーはやはり美味しい ミナミが着替えを終えて出てきた 「お疲れさまでーす。リン、待たせた」 リンはカウンター席から立ち上がった 最近はこの瞬間に優越感を覚える 長谷川からミナミを奪っていくような気分になるからだ 長谷川も長谷川で、なんとも言えない寂しそうな顔で二人を見送る リンはそんな長谷川にペコリと頭を下げて、ミナミの後を追った 「あ、降ってるな」 先に外に出たミナミが軒下ギリギリのところで立ち止まった リンはその背中にぶつかって詰まった 「店の置き傘取ってくるから待ってろ」 ミナミはそう言って、また店の中に戻っていった 軒先で空を眺めながら待っていると、目の前を見知った顔が通りかかった その男と目が合って、リンはとっさに(しまった)と思い、顔を背けた それはホストクラブ勤務時代の同僚だった しかも()連れ 同伴出勤だ 「あれ?リン?」 「…キリヤさん…」 「こんなとこで何してるの?」 「あ…」 とっさに言葉が出てこない だからあの頃、あんなにバカにされたんだー ※※※※※※※※※※※※※ 「あれ?ミナミ、行ったんじゃなかったのか?」 店内で不審な動きをしているミナミを長谷川が見咎めた 「いや、リンが知り合い?と話してるみたいなんで…」 窓から外を覗くと、長谷川もよく知っている店でナンバー5くらいのホストとリンが話していた リンがホストたちとうまくいっていなかったことは知っている トラブルになる前に出ていくべきか、長谷川は迷った だが、ここでリンと自分との関係がバレたら元も子もない ホストクラブにおいて、店の元オーナー(リンの継母)の死後、リンは失脚したことになっている ミナミも長谷川とリンの関係は知らない できればまだ秘密にしておきたい 長谷川が逡巡していると、 「長谷川さん、俺、裏から回ります」 ミナミが裏口から矢のように飛び出ていった

ともだちにシェアしよう!