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第35話 ロシアンブルーの正体①
ロシアンブルーのリンは、元々継母が経営するホストクラブでウェイターをしていた
愛想もなく、気もきかず、面白いおしゃべりもできない。ただ顔だけはよかったから、女性客からのウケは悪くなかった
だが、店のスタッフやホストたちにとっては、オーナーの継子だからと仕事が与えられ、事情を知っている上客からは贔屓にされるリンは目の上のたんこぶだったに違いない
客がいないところでいじめとも言えない陰湿な嫌がらせが【たまに】から【頻繁】になった頃、突然継母が死んだ
戸籍上唯一の身内であるリンがすべてを相続することになった
その時リンは16歳
長谷川と名乗る継母の弟が後見人に立ってくれなかったら、相続どころか路頭に迷っていたかもしれない
長谷川はリンに、単なるお飾りの経営者でいることを許さなかった
そして、経営を学びながらも今まで通りホストクラブで働くように言った
だが、あのホストクラブで働き続けたら、いつか自分に嫌がらせをしたホストたちに経営者の権限を行使してしまうのではないかという恐怖から、複数ある接客を伴う飲食店や風俗店の中からとある性風俗店を選んだ
それがプッシールームだった
当時は1号店しかなく、リンは受付兼清掃係として従事していた
常連客との世間話のなかで、『男のプッシールームがあったら面白いんじゃない?』と言われ、初めて自分で立ち上げから始めたのがプッシールーム2号店だった
その時、リンは17歳
20歳になったら自分も働こうと心に決めていた
そして21歳になった
「ハードな客は疲れるけど、オプションつけてくれるのがいいッスよね!」
客に30分で3万3000円使わせた【スコティッシュフォールド】のミナミがスポーツを終えた後のような爽やかな顔で言った
リンはスマホでゲームをしながら、ミナミと店長のマサトの会話を聞いていた
「あ、でもあの客、例のバーの客でした」
ミナミがスポーツドリンクを飲みながら言った
「お前がここ来る前に働いてるとこ?何それ尾けてたってこと?」
ミナミは最近、プッシールーム の出勤時間までバーで仕込みのバイトをしている
そこはリンの義叔父のバーだった
何がどうしてこうなったのかはわからないが、偶然出会ったにも関わらず、義叔父はなぜかミナミを気に入り、新規オープンさせるカフェの店長にさせたいという
ミナミはプッシールームにとっても欠かせない人員だが仕方ない
義叔父には頭が上がらないし、ミナミの年齢を考えても妥当な判断だと思った
「しばらく帰りはタクシー呼ぶけど、行きはどうする?」
「バー とも相談しますけど、まあ大丈夫じゃないですか?」
ミナミは軽く答えたがマサトはそうは考えていないらしい
誰かに迎えに行かせることを提案し、その場にいたリンになぜか白羽の矢が立った
店のことはマサトに任せている
オーナーの自分が従業員にいてはやりにくいだろうに、マサトはことのほかうまくやってくれている
客のあしらいも、プレイヤーへの配慮も、トラブル対応時の判断力も申し分ない
これだけ仕事ができればまともな仕事にも就けそうだが、本人はいまだに売れないバンド活動を優先したいらしい
そんな信頼に足るマサトであっても、このさい配だけはいただけないとリンは思った
翌日、午後6時半にバーに行くと、ミナミはちょうど客のオーダーをとっていた
6時openのお店だから、ミナミが接客できる時間はわずか30分ほどである
そんな短い時間しか店に出ていないにも関わらず、すでに顔見知りになったらしい客と談笑する姿にリンは憧憬を抱いた
しばらく中を覗いていると、窓越しにミナミと目があった
「そんなところで見てないで入ってこいよ」
ミナミはサッとドアまでやって来て、重いオークのドアを開けてくれた
「すぐ支度するから待ってて」
そうリンに告げると、カウンターの中にいる長谷川に「上がります」と言ってバックードに消えていった
長谷川がカウンターから身を乗り出してリンに耳打ちした
「マサトから聞いたよ。お前がボディガード役買って出るなんて珍しいな。てか務まるの?」
「別にケンカするわけじゃないから。抑止力になればいいんじゃない?」
「ふーん?」
長谷川が意味深な視線を向けた
昨晩のマサトの顔と相まって嫌な予感がした
まさか義叔父とマサトに図られたか、と思った
だが、だとしたら一体なんのために?
自分とミナミを接近させて何がしたい?
リンは意地でも二人の策略にはのらないと決意した
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