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第69話 ボス猫の影①

二次会は招待客の立場を考えて、滋の事務所が選んだ神楽坂にある専用のバーで開かれた 意外にも、モデルや芸能関係者が多く訪れ、滋の人望の厚さがうかがわれた 緑人(りょくと)は最初、二次会まで行くつもりはなかったが、プッシールームに興味を惹かれ参加することにした 二次会は自由度が高く、主役の二人が来るまで適当な人間と適当に話すスタイルで、結果的に芸能関係者の社交の場と化していた 緑人がカウンターでお酒を受け取っていると、入れ違いで【九】というモデルと着物姿の麗人がお酒を注文しに来た 「あ、君モデルの人…」 ちょうどいいタイミングとばかりに緑人は二人に話しかけた 「そーです。お兄さんは俳優の…」 「諏訪緑人」 「知ってます。映画観たもん」 ずいぶんフランクなモデルだ 背の高さから見て、ショーモデルでないことは一目でわかる だが、戸田山が知っているということは、ネットやSNSで若者に人気なのだろう 「名前聞いてもいい?」 緑人は九とタキを交互に見た ゲイ専門の風俗店のスタッフとは聞いていたが、こんなにもきれいなものかと驚いた 「九です。【Tout(トゥ)】っていう雑誌で読モやってます」 九が手を差しだした 緑人はそれを握り返した 手首こそ華奢だが、普通に骨ばった男性の手だった 「そちらの方もお名前聞いていいですか?」 「タキと言います」 タキの手は薄くて、ひんやりと冷たかった 「そういえば、タキさんって何してる人なの?」 緑人を差し置いて九が聞いた 「ナイショー」 「ずるい!」 二人はそう言うと、緑人と話していたことなど忘れたかのように笑いながら仲間の方に戻っていこうとした 緑人はあわてて二人を引き留めた 自慢じゃないが、諏訪緑人と言えば、若手実力派ナンバー1の呼び声が高い。いま、ノリにノッている俳優の一人だ 露骨にすり寄られるのことには辟易しているが、こんな風に無関心と言っていいほど邪険に扱われるいわれもない なんとしても食い込んでやる 緑人の心に火がついた マサトと滋がセミフォーマルなドレスに着替えて二次会の会場にやってきたのは午後6時だった 正午から挙式、午後1時から披露宴、午後4時にお開きになり、いまから二次会 当人たちは朝から準備もあるだろうから、まさに1日がかりの大仕事 憧れはするが、自分は会食だけにしようと九は心に決めた 「遅れてすみません」 主役の登場に合わせてリンがやって来た 二次会はパートナーの同伴可ということで、ミナミはアイナ、コノエはアキラを連れていた 「トワさんは?」 エチゼンが九に聞いた 「トワは自粛中。滋さんに迷惑かけるからって」 確かに、何かの折に反社との付き合いがあったとバレれば、いくらプライベートの付き合いと言い張っても無理があるだろう トワと付き合うということは、こういうことがままあるということだ 九はビッチの自覚はあるが、決まった相手がいるときは絶対に浮気はしない トワもそれを信じているから、自分の立場をかんがみた上で、九が不利益を被らないように配慮してくれるのだ 「トワさんって、初めて見たとき怖いひとかと思ったんですけど、いい人だったんですね」 「相手が俺だからでしょ」 エチゼンは九の高度なノロケに口をつぐむしかなかった 「マサトさん、滋さん、おめでとうございます」 リンは二人にお祝いの言葉を述べて、手に持っていた化粧箱を滋に渡した 「何?」 滋が箱を開けると、白い花でできたリストブーケが入っていた 「うわっ!」 「リンさん、シャレオツ~」 「さっき、九さんのインスタの写真見たんですけど、リストブーケはしてなかったので…」 思いもよらない称賛を受けて、リンは照れ臭そうに目をそらした 滋はすぐにリストブーケをつけた 「リン君、ありがとう」 「リン、ありがとな」 マサトがリンの肩を叩いた 「いえ…」 リンの顔が翳ったのをマサトは見逃さなかった 「ちょっとごめん」 マサトは滋に声をかけると、リンを伴って中座した

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