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第73話 借りてきた猫たち

「久しぶり」 ミナミの声だとすぐにわかった ミナミは、以前と変わらない意思の強そうな瞳でリンを見ていた プッシールームで働いていたときより血色がよく、健康的に見えて、リンはホッとした ミナミが自分のことを好きだと勘違いしていた時期もあった それは、自分がミナミのことを好きだったからだ 「お元気そうで何よりです。カフェの評判上々みたいですね。こないだ雑誌に載ってるの見ましたよ」 「マジ?俺よく撮れてたっしょ?!」 店長の写真として、ミナミの顔写真も載っていて、それを見て感傷的になったりもした 「長谷川さんとはうまくやってますか?」 「ああ、あの人は店のことにはあまり口出ししないから助かるよ」 「信頼されてるんですよ」 ミナミは結局どこまで知っているのだろうか リンと長谷川が自分のことを取り合っていたとか、それがきっかけで決別したとかはミナミは知らなくていいことだとリンは思った ※※※※※※※※※※ 「マサトさんかっこいー!」 エチゼンが拍手をしながら呟いた 「エチゼンは初めて見るんだっけ?」 カクテルグラスを手にした九が聞いた 「はい!」 「俺とコタは結構一緒にライブ行くよね?」 同意を求められたコタローがうなずいた 「次はお前も誘うよ。ヒヤも行く?」 「行きたいです!」 緑人は4人の会話を眺めながら、九がなぜこの一人だけ場違いな平凡な男に絡むのか、不思議に思っていた 「ところで、披露宴の時から気になってたんだけど、みんなはどういう知り合いなのー?」 緑人が聞こうとしたことを戸田山が奪った (なんでお前までちゃっかり紛れてんだよ…!) 緑人は目の前に座る戸田山を忌々しく眺めた 九とタキに他のメンバーを紹介してもらって話していると、戸田山がいきなり参加してきたのだ そして、しっかりお目当ての【レイちゃん】の隣を陣取っている 「え~?なんだろ?腐れ縁?」 九のはぐらかし方は女子のやり口に似ている そして、九をはじめとして、誰一人としてはっきり答えないことに緑人はしびれを切らしていた 「俺、実はレイちゃんの大ファンだったの。いまはプッシールームにいるの?」 戸田山がヒヤに囁きかけている声が聞こえた ピリッとした空気が場に張りついた 緑人は(まずい)と瞬時に思った だが、誰一人プライベートなことを話さないこの状況においては、戸田山を生贄(スケープゴート)にして、情報を引きずり出すのもアリかと思った ゲスい手ではあるが、正直、戸田山(こいつ)の好感度が下がることなんて知ったことじゃない 「プッシールームにいるなら行きたいなあ…オナニー見せてくれるんでしょ?」 戸田山がテーブルの下でヒヤの手を握った 「おい!あの!」 平凡な男がいきなり立ち上がった 強気なのか低姿勢なのかわからない 「俺のツレなんで、やめてもらってもいいですか?い、嫌がってるんで…」 声が震えていた 今にも泣きそうなその姿に緑人も心を打たれた そして、周りからはおお~という歓声が上がった 「俺のツレ…ってことは、君ら付き合ってるの?」 戸田山の空気を読まずグイグイいく精神は尊敬に値する 人間として好き嫌いかは別として 「そうそう!俺らゲイ仲間なのー!」 九がそれに乗っかった しまった、と緑人は思った ゲイ仲間でくくられてしまったらそれ以上突っ込めない 緑人が次のアプローチを思案していると、意外にも戸田山が切り返した 「へ~。君なんか、一見フツーそうなのに意外。どうやってレイちゃんと知り合ったの?俺も仲良くなりたいなー」 戸田山がエチゼンを見た 何気ない言葉のなかにトゲトゲしいものを感じる 戸田山も、チャラそうに見えて過酷な芸能界レースを生き残ってきただけのことはある エチゼンは席を回るとヒヤの腕を引っ張って席を立たせた その露骨な態度に戸田山の目付きが変わった 一触即発の雰囲気を察した九が、 「そうい人間だけの付き合いがあるんだよね。芸能界と一緒じゃない?」 とフォローした 会話のバランス感覚がいいモデルだ フォローだと気づかせないところもいい この容姿と会話力なら、テレビでも十分通用すると緑人は思った 「でも女の子もいるじゃん」 戸田山がなおも食い下がった 戸田山が言ったのは、丸いサングラスをかけたエモ系美女のことだ 「ばか。バイなんだろ」 緑人はここで九に加勢した いま、戸田山の味方をしてもメリットはない その時、静かに会話を聴いていたタキが吹き出した 「あはは。確かにバイもいるけど、ここに女の子はいないよ」 「え?だって、このコは?」 戸田山がエモ系美女を指差した アキラが、ちょうど別の席から戻ってきたコノエの影に照れくさそうに隠れた ※※※※※※※※※※※※※ 「楽しそうだったじゃん。いいな~イケメンと話できて。わたしは興味ないけど」 緑人と戸田山が席に戻ると、シャンパングラスを持った彩々(ささ)が絡んできた 見ると、テーブルの上に空になったシャンパンのボトルが置いてあった 「楽しくない。あいつらぜってープッシールームのキャストなのに口割らないの、なんなん?」 「あんたみたいなのに詮索されたくないんでしょ?」 口は悪いが、彩々の言っていることは的を射ていた 二次会はお祝いムードを残したまま、和やかに賑やかに幕を閉じた 例え個々間で何が起きていたにしろ、それは当人たちしか知らない 当人たちしか知らないのなら、それは二次会の当初の【結婚をお祝いする】という目的に照らしてみれば、なかったことと同義だ

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