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第72話 ボス猫の影④

しゃがんでいた状態から急に立ち上がった鮭児は、おぼつかない足取りで歩きだした 「大丈夫ですか?」 「だ…いじょ…ぶ」 鮭児はフラフラしながら車に近づいた 運転手の男と後部座席に座っているもう一人の男が、あからさまに鮭児を見ている 乗っている人間の人相を見れば、普通の人なら避けて歩く 凝視することで牽制しているのだ しかし、鮭児はフラフラした足取りでスマホに見入っていて、車の方には一瞥だにしなかった そして近くの自動販売機の前に立った リンは固唾を飲んで見守った 鮭児は自動販売機のコイン投入口に小銭を入れようとして、何枚か取りこぼした 「あ…」 そのうち1枚が車の近くに転がった 鮭児はそれを拾って、何事もなかったかのように自動販売機で缶コーヒーを買った 「ほい」 鮭児は買ってきた缶コーヒーをリンに渡した リンが鮭児の顔をまじまじと見ていると、刑務所の門が開いて一人の男性が出てきた その顔は刑事が見せてくれた写真の【ハセ】と同じだった ※※※※※※※※※※ 「その時、車に小型のGPSを取り付けたそうです。それで、それを追ってきたら…」 コンコン 喫煙所のドアを叩く音がした 「何やってるんだよ。演奏するぞ?」 バンドメンバーがマサトとアットを呼びに来た 二次会の余興で自らのバンドの曲を披露するらしい 「わりぃ。リン、後でな」 マサトは駆け足で会場に戻っていった 「悪い。俺も行くわ」 アットがマサトの後を追おうとすると、リンがその袖を捕まえた 「アットさん、鮭児さんによろしくお伝えください。変わってるけど、すごい人ですね」 リンの言葉にアットは自分が褒められたような気分になって 「だろ?」 と答えた リンは、マサトたちのバンドの演奏を動画では観たことがあったが、生演奏は初めてだった それ以前に、バンドの生演奏を聴くこと自体初めてだった 柱に寄りかかってセッティングから眺めた ドラムのチューニング音で、会場のざわつきが一瞬で収まった アットがマイクを通して、「滋さん、マサト、結婚おめでとうございます。滋さん、15年間、マサトとマサトの音楽活動を支えてくれてありがとうございました。家庭を持つということなら解放してやりたいんですが、こいつはうちのバンドにもなくてはならない存在なんで、もうしばらく貸してください」 『15年』のところで、芸能関係者から驚きの声が上がった 1曲目は【|:@./(アットドットスラッシュ)】で一番再生回数が多いバラードだった 深夜アニメのエンディングに起用された曲で、リンが一番好きな曲であった 2曲目はアップテンポな恋愛ソング 激しい感情を描いた歌詞と最後のどんでん返しがストーリー性があると、ファンに一番人気の曲だ 入口近くの壁に寄りかかりながら、リンは一人腕組みをして聴いていた この衝撃をどうとらえよう 腹から胸に響く音の振動、脳を支配する声 ギューッと心が締め付けられて、瞳に涙が溢れてきた 「よう」 その時、隣から声をかけられ、リンは急いで涙をぬぐった リンの隣に立ったのはミナミだった

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