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第75話 ロシアンブルーは寝たい②
二人は店を出て新宿方面に向かって歩き出した
「アットさん、秋葉原じゃなかったでしたっけ?」
「飯誘ったの俺なんだから送らせてよ」
「タクシーで帰るので、気にしなくてもいいですよ」
リンはスマホを取り出すと、タクシーの配車アプリを開いた
「できれば歩きで送りたいんだけど…」
「は?大久保ですよ?」
「歩けなくはないだろ?」
「そうですけど…」
それは【送る】と言えるのだろうか
昨日の夜からいままで、休みなく考え動いていた
明日にはまたマサトに会って話をしなければならない
正直、いまはただ泥のように眠りたかった
「歩ききる自信がないんで、そうなったら途中でタクシー拾いますけど…」
「それでいいよ」
リンはスマホをポケットにしまって歩き出した
「さっきの話の続きだけど、あんた自身がそういう経験をしたから歌詞を強烈に覚えていたってことはない?」
アットはリンを振り返るような格好で歩いた
「あいにく。語れるほどの恋愛経験ないですから」
リンは冷たく言いはなった
それは本当だ
複雑な家庭環境、父親の死、継母との確執、一人で生きていくためにしてきたこと
確かに一人だけ、好きになった人はいたけれど…
アットはと言えば、後ろ向きに歩きながら、リンから理想の答えを聞きたくてウズウズしているように見えた
それならば…
「そうですね。もしそうだとしたら、俺はずっと、その人【以外】の人を【以外】としてしかみられなくなるんでしょうね」
リンはそう言って立ち止まった
そこは、一昨日訪れたばかりの新宿御苑沿いの散策路だった
リンは拳を握りしめた
「そんな悲しい人生、俺はいやだ」
心の底から絞り出すような声だった
アットが後ろ向きに歩くのをやめた
ガツンとハンマーで頭を殴られたような気がした
リンは、あくびを噛み殺して、
「と思っているので、アットさんの仮説は間違っていると思います。それじゃあ約束通り、限界なのでタクシーで帰ります」
スマホを操作した
※※※※※※※※※※※※
アットの歌は、あくまで歌で人生ではない
リンもそのことはきっとわかっているだろう
わかっていても伝えたかった
誤解させたままでいたくなかった
まだ未来に希望しかないはずの歳若き青年に
アットはリンのスマホを持つ手をつかんだ
※※※※※※※※※※※※
アットをタクシーに同乗させたはいいものの、空腹が満たされた気持ちよさに車の揺れの心地よさが加わり、リンは一瞬で眠りに落ちた
アットはリンが寝落ちしたのを見て、さっきの自分の行動を深く突っ込まれずに済んで、とりあえずホッとした
人恋しいわけでも、傷を舐め合いたいわけでもない
それはわかって欲しかった
だが、こんな流れの中ではとてもわかってもらえるとは思えない
だから時間がほしかった
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