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第140話 エチゼンの暴走②

「緑人くん、そろそろ」 緑人のマネージャーが声をかけた 見ると、関係者も解散し始めている タキは緑人と一緒に外に出た (というかエチゼンを探さないと…) 廊下を見回すと、ロビーで電話をしているエチゼンの姿が目に入った タキが近づくと、電話口で話すエチゼンの声が聞こえてきた 「アキラさんは別れたいと言ったんですよね?!だったらひどいことしないで別れてください!」 タキは瞬時に状況を理解して、そして呆れた まっすぐで、正義感溢れるエチゼンのことを気に入ってはいたが、今回はやりすぎだと思った 他人とはある程度線引きをしないと足元をすくわれる 現にエチゼンは、ヒヤとの関係でミイラ取りがミイラになっているではないか 「エチゼン!」 タキは通話中のエチゼンに詰め寄った どうせ通話の相手はコノエである 「タキさん…」 タキはエチゼンのスマホを持つ手をつかんだ 「子供じゃないんだから第三者が首を突っ込むべきじゃない!」 エチゼンはタキの形相に一瞬だけ怯んだが、すぐに感情の高まった紅潮した顔でタキを睨み付けると 「イヤだ!」 と言って、アキラの手を掴んで飛び出した ※※※※※※※※※※ デジャヴかな、デジャヴだろうな、と思った こういう状況は前にもあった 確かその時つかんだ手はヒヤのものだった 「エチゼンくん!ちょっと待って…」 振り向くと、アキラはもつれる足でなんとかついてきている状態だった 首筋から腕にかけて汗がダラダラと流れていた エチゼンはやっと我に返った 「あっ…ごめん…」 「ううん…大丈夫。でも、ちょっと休んでいい?」 アキラが駅前広場の手すりを指差した 若者が数人、人待ち顔で寄りかかっていた 「ごめんなさい。本当に。勝手なことして…」 エチゼンは改めてアキラに謝罪した あんなことをして、コノエにもっとひどいことをされたら取り替えしがつかないではないか タキの台詞が頭のなかでグルグル回った 「いえ、いいんです。どうせ今日は家には帰らないつもりだったから…」 「コノエさんとはもう会わないつもりですか?」 アキラは雑踏を眺めながら、 「このまま流されても不幸になるだけだから。世の中には、共依存関係から抜け出せないカップルがいますが、僕は違うので」 少女のような可憐な姿からは想像もつかないような強い口調だった 「…すごいですね」 アキラがエチゼンを見てくすりと笑った 「昔の自分なら、コノエくんとズルズル付き合ったかもしれません。自分に自信がなかったから、必要とされると例えぞんざいに扱われてもすがりたくなるんです。わかりますか?」 エチゼンはうなずいた 昔はわからなかったが、ヒヤと付き合ってからわかるようになった そういう危うい人間がこの世にはたくさんいるのだということに 「でも、僕はそれをやめました。やめるために他人にすがるのをやめて、自己実現ができるように努力しました。だからもう流されたくないんです。自分が自分のためにした努力が、他人によって壊されるなんてバカらしいから」 どんな過去があったというのだろう 20歳そこそこで、声優として主演を努めるほどの実力だ 運もあったのだろうが、並大抵の努力ではなかったはずだ エチゼンは素直に尊敬した 「それならしばらくどこかに滞在するんですよね?ホテルとか…」 「そうですね。事務所にも相談するけど、そうなると思います」 「なら滞在先決まったら連絡ください。服とかも、運べるものは運びますよ」 エチゼンは力瘤を作って見せた 「でもコノエくんに会ったら…」 「一応元同僚だから多分なんとかなる…ので…」 エチゼンにしてみたら、コノエはチャラいが暴力的なところなどないと思っていた だから半信半疑なところもある できたら会って確かめたかった アキラは迷っているようだったが、やがて「それなら…よろしくお願いします」と言って、深々と頭を下げた ※※※※※※※※※※ エチゼンが帰宅すると、ヒヤはすでに出勤していて部屋は暗かった ソファに座ってスマホを見ると、ヒヤからとりとめのない【俺通信】と、アキラからさっきのお礼と宿泊先の情報が送られてきていた それと着信が1件 「もしもし…」 『エチゼン?』 折り返し先はタキだ 「あの、さっきはすみませんでした」 『何に対して謝ってるの?』 エチゼンは答えに詰まった 「…タキさんの忠告を聞かなかった…」 『僕が行ったときには遅かったからねえ…』 口調は穏やかだが、含みがある言い方だ 「でも、何か言いたいことがあったから電話くれたんですよね?」 『まあね』 「なんでしょう」 気まずい沈黙が流れた だいぶ長く感じたが、実際は2秒くらいかもしれない 『今度はアキラくんと付き合うの?』 「いえ…いきなりそんなことにはならないと思いますが…」 『と言うことは考えてるんだ?』 そもそも、まだアキラのことが好きかどうかもわからない そこが明確になったとしても、アキラの気持ちもある 今回のやりとりだけでは、特別好かれているという手応えはなかった 「…別に誰でも彼でも好きになるわけじゃないですし」 エチゼンは憮然とした 『そう?エチゼンは惚れっぽいから』 電話の向こうでタキが笑った その顔が目に浮かぶようだった 「確かに俺は恋愛には慣れてないですけど…」 『そういうんじゃなくて。でもそっか、アキラちゃんね。エチゼンらしい」 「何がいいたいんですか?」 『エチゼンにはもっといい子がいるって気づいてほしくて。エチゼンは、ヒヤにもアキラくんにももったいないくらいいい男だよ』 「何を言ってるんですか?じゃあ誰なら俺と釣り合うって言うんですか」 『例えば僕』 エチゼンの手からスマホが滑り落ちた

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