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第139話 エチゼンの暴走①

夏に入った 【猫の涙の色】のアニメは、深夜枠で放送されるやいなやアニメファンの間で好評を博した ゲームのリリースは、スケジュールの関係上アニメ終了後となったが、目処が経ったことで、最終的になぜか開発責任者となったエチゼンはホッと胸を撫で下ろした その日、エチゼンは、アニメの方のアキラのクランクアップをお祝いするため、タキを誘ってスタジオを訪れた 原作者が行けば、声優やスタッフも気合いが入るし、アキラにも箔がつく ましてやタキはあれだけの美形だ 演者じゃなくとも士気が上がった 「タキさん、ゲームの方の収録の時も激励よろしくお願いしますね」 エチゼンが耳打ちすると、タキが「もちろん。エチゼンの頼みなら」と言ってくれた 「アキヨシさん、クランクアップです」 助監督の言葉で、レコーディングブースやミキシングルームから拍手が上がった レコーディングブースでは、アキラが監督から花束を受け取っていた 「アニメ出演はまだ2作目にも関わらず、主人公の妻という重要な役処を演じることができてとても幸せでした」 アキラは目に涙をいっぱいに溜めながらも堂々と挨拶をした 「男の()という扱いづらい僕を起用してくださった監督と助監督に感謝申し上げます」 エチゼンは隣に立つタキを見た タキもまた、鼻の頭を赤くしてアキラを見つめている “扱いづらい” それは確かに世間の評価として多少なりともあるだろう いまだに偏見が存在するのをエチゼンも間近で見てきた それでも皆、堂々と胸を張って生きているのだ エチゼンの目から涙がこぼれた タキがそれに気づいてハンカチを渡してくれた アイロンがきれいにかかった白くていい匂いのするハンカチだった 「タキさん!エチゼンさん!」 皆からお祝いの言葉をもらったアキラがようやくエチゼンたちの所にやって来た 「アキラさん!すごいよかったです!」 エチゼンが手を差し出すと、アキラは照れ臭そうに握り返した その時、アキラの手首の端にできたばかりの赤い腫れを見つけた エチゼンは、ヒヤと付き合い始めてから手首を見る癖がついた ヒヤが自殺未遂をしないかどうか、常に警戒する必要があったからー 「…アキラさん、ちょっといいですか?」 エチゼンはアキラの手を取って廊下に出た 一部始終を見ていたタキは、二人が出ていったあと壁の花になってため息をついた 正確に言えば、壁の高嶺の花である 監督とプロデューサーに挨拶して帰ろうかと逡巡していると、 「あれ、滋さんの結婚式の時にいたキレーなひと」 と声をかけられた 「あ…」 そこにいたのは滋の結婚式で知り合った俳優の諏訪緑人(すわりょくと)だった ※※※※※※※※※※※ 「これ!どうしたんですか?!」 エチゼンに手首をつかまれて、アキラの顔が青ざめて固まった 「昨日…コノエくんとそういうプレイをしただけ…」 「仕事の前日はしないって約束、また守ってもらえなかったんですか?!」 エチゼンの剣幕にアキラの黒目が怯えて震えた 「ごめんなさい…」 エチゼンは、自分の正義感がまた暴走していることに気づいて、アキラの手を離した アキラは手首をさすって、 「…本当は、別れ話をしたんです」 と告げた 「それで…縛られたんですか?」 「…」 アキラはそれ以上何も語らなかった ヒヤなら全部相手にぶちまけて、押し付けて、甘えて、逃げるだろう だが、アキラはそうはしない 全部自分でカタをつけようとしている エチゼンはスマホを取り出してコノエに電話をかけた ※※※※※※※※※※※ 「こんなところで何してるんですか?」 緑人はタキと同じ姿勢で壁に寄りかかった 「諏訪さんこそ…」 「俺は仕事です。このアニメ、VODで番外編の配信が決まって、ゲスト声優として俺が出るんですよ」 「ああ、そういえば…」 最近はすべて出版社主体で、タキは言われた仕事をこなしているだけだった タキは、少し前に出版社からオリジナルストーリーを書いてくれと言われ、【クロ】ことタカユキをモデルにした官能小説【喪に喘ぐ】をアニメ向けに手直ししたことを思い出した 「どの役ですか?アニメにいなかった新キャラと言えば…」 「まだリリース前ですよ?よくご存じですね」 「まあ、僕が書いたから…」 緑人が大きな目をさらに大きく見開いて、タキを見た 「黒滝邦(くろたきほう)って、あなただったんですか…」 最近はこういう反応にも慣れたが、有名俳優に言われると感慨深いものがある タキは別に売れたいとか、有名になりたいと思って書いていたわけではない ただ、日々思うこと、面白いと思うこと、興味を持ったことを妄想で膨らませていったら作品が出来上がっていただけのことだ

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