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第138話 縄張り争い②

「悪かったと思ってる。俺がこんな体たらくじゃなければ、何人もの無関係の女性を傷つけることなどなかった。ハセが逮捕されて、一番ホッとしたのは俺なんだ。二度と刑務所から出てくるなと何度も祈った。だから、ハセのあの計画にのったんだ」 長谷川は、咥えタバコを床に落とすと靴で踏みしめた 結局、火はつけなかった そんなこともわからなくなるくらい動揺しているのが伝わってきた そしてまた胸ポケットからタバコを取り出して、今度は火をつけようとした だが、何度着火ボタンを押しても火はつかなかった 手汗で滑ってうまく押せないようだった マサトは長谷川の指からライターを引っ張り出して火をつけてやった 長谷川は震える手でタバコを吸うとボソボソと喋りだした 「弁護士を通して拘置所にいるハセから連絡があったのは、4月の頭だった」 ※※※※※※※※※※※※ 「『どっちがヤる?』とのことです」 長年ハセと連れ合っている弁護士が長谷川と芳賀を呼んで告げた言葉は、現実味に欠いていた しかし、そう思ったのはその場では長谷川だけで、弁護士も芳賀も顔色ひとつ変えなかった 「『俺のアリバイがあるうちにヤれ』とのことです」 「何を…」 長谷川は声を絞り出した 「副島華(そえじまはな)とそのシマ」 弁護士はメガネの奥から上目使いで長谷川を見た 「報酬は?」 芳賀が交渉に乗り出した その時点で、承諾したようなものだ 長谷川はその場から逃げ出したかった だが、そんなことをすれば、次は自分が狙われるだろう ※※※※※※※※※※※※ 「それでリンの義母を()ったんですね…」 リンが疑った通りだった ハセにとって逮捕はアンラッキーだったが、それを逆手にとって前々から目論んでいたことを実行に移したのだ 「2016年5月20日、芳賀は華が経営するホストクラブの新人を使って、華を店に呼び出した」 ※※※※※※※※※※※※ 2016年5月20日 午前2時 その日は密かに組まれた計画におあつらえ向きな雨の日だった 新人ホストの研修という名目で、閉店後のホストクラブに呼び出された華は、そこで普段自分が服用している精神安定剤が多量に入ったお酒をそうと知らずに飲み、昏倒してしまう 実行犯は芳賀と新人ホストの【キリヤ】 長谷川は実行こそは免れたものの、裏切り防止のために、意識を失った華を運ぶ役割を言いつけられ、共犯の烙印を押された 犯行は華の自宅で行われた 目立たないうなじから極細の注射器で濃度の濃い睡眠薬を注入された華は、昏倒したまま起きることはなかった 自宅の鍵が部屋の中にあり、争った形跡がないこと、就寝中だったことなどから検死されることなく、原因不明の突然死という死亡証明書が書かれたのは、華が実際に死んでから3日後のことだった 発見者は華がかつて結婚していた男の連れ子で、16歳の副島臨(そえじまりん) 高校を中退し、華が経営するホストクラブでウエイターの仕事をしていた その日は店の経理の報告のために華と会う予定だったー 「殺人の実行犯に殺人教唆、犯人隠避、殺人幇助が出揃ったんですね」 共犯なんて名ばかりの、お互いがお互いの足枷のような存在 その一端に長谷川はいたことになる 「特にキリヤは、芳賀とハセに目をかけられ、あんなロクデナシなのに店でもちやほやされるようになった。前々からリンにちょっかいを出していたことは知っていたが、殺人の実行犯になったことで、|芳賀やハセ()の弱味を握ったと思ったのか、リンを強姦する手前までいくほど調子に乗ってたよ」 「だから長谷川さんはリンをプッシールームに移して、そこから救いだしたんですね」 長谷川は否定も肯定もしなかった 前々から長谷川に対して抱いていた違和感、善なのか悪なのかわからない二面性は、自らの葛藤から生まれたものだったのだろう 事件のあらましはわかった マサトは本題に入ることにした ここからは長谷川には身体をはってもらえるかどうかが鍵になる だが、いま、マサトの目の前にいる長谷川こそが真実の姿なら、きっと贖罪してくれる

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