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電子書籍二巻刊行記念SS ほまちゃんは俺のマブダチ
俺の名は|安西《あんざい》|勉《つとむ》。
少し前に会社中の話題を掻っ攫った高井朝陽は俺の後輩で、安田誉は俺の同期でマブダチだ。
俺はほまちゃんって呼んでるのに、あいつは一向に俺のことをあだ名で呼んでくれないんだよな。まああいつは基本クソ真面目で、しかも照れ屋ときてるのを俺はマブダチだから知っている! いつかお前が俺のことをつむくんって呼ぶことを楽しみに待ってるぜ!
俺は以前、長年付き合っていた彼女に突然振られことがある。『本当に勉でいいのかなってふと思っちゃった』って言われた時、俺の頭の中は真っ白になっちゃってイエスもノーも言えなかったんだ。
だって、結婚を匂わせたらそれって……どういうこと!? チカってば、俺のことを性欲処理の相手としか見てなかった訳!? と、俺は大いに凹んだ。
そんな風に凹んだまま行った忘年会でほまちゃんに愚痴ったら、ほまちゃんに俺は女の気持ちが分かってないって指摘されてマジで目から鱗だった。
だったらさ、女の気持ちになるにはさ、女っぽいことをしたらいいんじゃないか。なら抱かれてみたらいいんじゃね? と思考が飛躍するくらいには、チカと別れたことがショックだったんだと思う。
だからって、ほまちゃんに抱いてほしいはなかったよなあと今は思うんだけどさ、途中からほまちゃんが妙に可愛く見えてきちゃって。いつの間にか突っ込む気満々だったこと、ほまちゃんにバレてないといいなあ。
まああいつはクソ真面目だから、俺に突っ込む方向のままだったと思ってくれているに違いない、うん!
そんなこんなで、いつの間にか高井の奴が俺のマブダチほまちゃんと付き合っていたって知った時には、そりゃあ俺だって寂しかったよ? だってさ、なんで新参者の瀧が知っててマブダチの俺は知らされなかった訳?
でも見てると、瀧もどうやらほまちゃんのことが随分とお気に入りらしいし、きっとグイグイいってお人好しのほまちゃんのことだから白状させられたんだろうなって思うことにした。だって俺、ほまちゃんのマブダチだから、あいつの友情を俺が信じなくて誰が信じるんだって。な!?
そんなほまちゃんは第三営業部から人事部に異動していっちゃって、俺の隣には胡散臭い笑みを浮かべている高井だけが残った。
みんなさ、こいつのことをやたらと褒めるけど、こいつ滅茶苦茶表面上取り繕うのがうまいだけだからな? 俺なんかほまちゃんと肩を組めば手を叩かれるわ、ほまちゃんに飲みの誘いをかけたら横から入ってきて話題とほまちゃんを掻っ攫っていかれるかしかしてないぞ。
あのね、俺先輩だよ? 分かってんの? て思いつつも、こいつを敵に回したらなんかいかんと俺の野生の勘が告げているので、絶対敵対しない方向でいる。
俺がジロジロ見ていると、高井があからさまに顔を顰めて睨んできた。だから俺、先輩。ドューユーアンダスタン?
だけど同時に、俺はほまちゃんのマブダチでもある。恋人の高井が知らないことも、俺は知っている。ふはは。
スーッと椅子を蹴って高井の真横に来ると、にやりと笑いながら見上げた。
「あのさ、もうすぐバレンタインじゃん」
「……それがなにか」
「実はほまちゃんさ、お前がどんなチョコが欲しいんだろうって悩んでたんだよな」
「えっ」
それまで横目で冷たく見ていた高井が、顔をグイン! と九十度曲げる。おー、食いついた食いついた。
「でもお前のことだから『誉さんがくれるものなら何でも嬉しいです!』て言うだろうなって言ってた。何でもいいって一番困るんだけどな」
「あ……」
高井は身に覚えがあるのか、困り顔に変わった。
「俺からさ、さり気なーくお前の本当の希望を伝えてやろうか」
高井の目が、キランと光る。
「……交換条件は何ですか」
よーし釣れた。俺は片方の口角だけを上げ、交換条件を出す。
「俺さ、ちょっと急ぎの資料作りがあるんだよね」
「やりましょう」
高井が即座に答えた。よしよし、後輩はやっぱり素直が一番だよな。
「よし、交渉成立だな」
「はい、よろしくお願いします」
俺はいい先輩なので、ちゃんと高井の望みだって聞く。
「で、お前の希望って?」
すると、高井が言った。
「チョコまみれになった誉さんです」
……うわお。お前、そんな真面目そうな顔してそうなの!? それともほまちゃんの趣味!? え、え、どっちの!? まさかふたりともだったりして!?
だが、俺はできた男なので顔には出さない。理解のある笑顔のまま、詳細を求めた。
「分かった。じゃあチョコシロップがけほまちゃんをご所望な感じ?」
「はい。かかっているよりも僕がかけた上で誉さんを味わいたいです。だから欲しいものはチョコシロップ現物ですね」
鼻から吹き出しそうになったが、俺は耐えた。耐え抜いた。笑顔だぞ、勉。笑顔だ!
「……じゃあそれはおまけ風にするように言っておこう。ほまちゃんは真面目だからさ、ちゃんとしたのが渡せないと凹むと思うから。メインの方はどうする?」
「そうですね……二人で同時に味わいたいので、ひと口サイズのアルコール入りのとかもいいかもです」
二人で同時に味わうの意味が、一瞬分からなかった。
「ええと……それってどういう」
「唇を重ねた状態でひとつのものを同時に味わえば一緒に楽しめるかと」
「……うん、そうだよねー」
……こいつもしかして大分アレじゃね? と思ったが、俺はやっぱりできた男なので顔には出さなかった。
「じゃあそっちは食べ方については言わないでおくな!」
「はい、ありがとうございます。――安西さん、くれぐれもよろしくお願いしますね」
笑顔なんだけど目が真剣そのものの高井に、じっと見つめられる。
「……オッケー! じゃあ資料よろしく! 十三時までな!」
時計の針はもうすぐ十二時丁度を指すところだ。
高井が小さく溜息を吐いた。
「……誉さんとのお昼の約束があったんですが、仕方ないですね。必ず終わらせます」
「おう、こっちも任せろよ!」
俺は椅子を蹴ると、軽やかに自分のデスクに戻った。
どことなく嬉しそうな雰囲気の高井を遠目に見てから、パソコンのメールソフトを開いて早速ほまちゃんにメールを打ち始める。
『高井の好きなチョコ、こっそりリサーチしてみたぞ』
一行メールを送ると、即座に返事がきた。
『安西、昼飯奢る。いつがいい?』
おー、こっちも食いついた食いついた。
俺はランチ代が一食分浮いたのを密かに喜びながら、『今日のお昼、あいつ仕事で抜け出せないみたいだからさ、久々に長寿庵行こうぜ』と返信したのだった。
<おしまい>
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