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第1話 奥

 会員制秘密倶楽部。麻布の住宅地にある。大昔には武家屋敷があった、閑静な裏通りだ。  広い敷地に広い前庭。駐車場から続く。裏には大きな、これもまた古い神社が背中合わせのように建っている。表から見えるのは、洋風だが、かなり頑健で大きな建物のようだ。何故か屋号はない。知る人ぞ知る、会員制だから宣伝はいらない。  古い樹齢の木々に囲まれて、ここが都心である事を忘れてしまう。  ずいぶん昔、ここは何だったのだろう? 勘の鋭い者なら、少しの時空の歪み、のようなものを感じる事が出来るかもしれない。  駐車場には、超の付く高級車が並んでいる。 年中無休、週末にはゴージャスなドラァグクィーンのショーがある。  店を仕切っているのは小鉄。 小鉄は代官山に数件の美容室を持っている。 『タイニーアイアングループ』メイクアップアーティストでもある。そして自らがドラァグクィーンだ。  その美しさは、海外のゲイシーンでもよく話題になる。スキャンダラスでファナティク。  経営は謎の老人の息のかかった財界の大物が担っているらしい。そのあたりから、謎に満ちて曖昧になって行く倶楽部の存在。  表立って動くのは何人かの大物。ご老人たちにご足労をかける事のないように。  そして客筋は多種多様、厳しい会員審査がある。この審査がまたユニークで一筋縄では行かないから、会員の顔ぶれも様々なのである。  この倶楽部のもう一つの特徴は、衆道が多い,という事。  今流行りの多様性云々が人々の関心を集めるずっと以前から、ここはゲイのコミュニティであった。  特に男に拘らず、所謂LGBTQA・・・が自然に、当たり前に、ここにはあった。  奥のご老人たちは、この国の生き証人のようなもの。全てを見て来た。全てとは? 「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、 全てを知る、とは、全てを知らぬ、という事じゃ。」  気をつけないと煙に巻かれる。

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