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もう恋はやめよう

「それって……別れたいってことなのか?」 最近お互いに仕事が忙しくすれ違いだったけれど、今日は1ヶ月ぶりに家に呼ばれたのを楽しみにしてきたのに。 会って早々、別れ話をされるなんて思ってもみなかった。 「ああ。そう言ってるだろ」 「なんで? 昨日だって電話で愛してるって言ってくれたじゃないか」 「ははっ。あんなのただの挨拶みたいなもんだろ。嘘だろ? ずっと真に受けてたわけ?」 「――っ!」 嘲笑う様な表情で見られてかぁっと顔が熱くなる。 愛されてると思っていたのに……あれは嘘だったのか……。 「悪いけど、もう決めたんだ。言っとくけど、お前みたいに結婚相手にもならない相手は最初からただの遊びなんだよ。お前もそれくらいわかってただろ? どうせ男同士なんて結婚できるわけでもないんだし」 結婚……ああ、そういうことか……。 何もかもわかった。 「もしかして、結婚でも決まったのか?」 「ああ。察しがいいのは助かるな。実はさ、常務の娘に惚れられちゃって。かなり話も進んでるんだよ。だから、お前と付き合ってるなんてバレたら困るだろ。お前だって、ゲイバレしたら困るんじゃないのか?」 確かに女性よりも男が好きなんてこの日本じゃまだまだ認められないかもしれない。 でも、宏樹(ひろき)が本当に俺のことを好きだと言ってくれるなら、いつかは公表してもいいと思っていた。 結局は男女ともにいける宏樹と、男しかダメな俺じゃ最初から釣り合わなかったんだろうな。 俺との恋愛より、もう結婚にシフトしている宏樹に今更何言っても無駄だろう。 縋り付くなんて女々しい真似はしたくない。 ここは大人しく身を引くのがマナーだろうか。 「わかったよ。これで俺たち終わりだな」 「聞き分けが良くて助かるよ。じゃあ……」 「なんだよ」 急に俺に擦り寄ってきた宏樹は耳元でいつものように囁いてきた。 「せっかくだから最後にたっぷり愛してやるよ。お前もやりたかっただろ?」 「――っ!!!」 気持ち悪いっ!! たった今、その口で俺に別れを言ってきたくせに誘ってくるなんて……っ。 あまりの気持ち悪さに一気に宏樹への気持ちが冷めて愛情のかけらも一つ残らず消えてしまったのがわかった。 「俺を馬鹿にするなっ!」 宏樹を思いっきり跳ね除け、バタバタとジャケットと荷物を持ち急いでその場を離れた。 二年も付き合っていたのに……こんなひどい終わり方なんてな。 もう、恋愛はやめよう。 もう二度と傷つきたくない。 ゲイの俺は幸せになんかなれないんだ。 「えっ? ロサンゼルス支社に異動ですか?」 突然上司に会議室に呼ばれて異動の話を聞いたのは、宏樹と別れてから二週間ほどが経った頃だった。 「異動というか、栄転だよ。杉山(すぎやま)くんには、支社長をお願いしたいんだ」 「私が……ロサンゼルス支社の支社長、ですか?」 「ああ。君みたいな優秀な社員に抜けられるのはこちらとしても痛手ではあるんだが、あちらで数年頑張ってもらって、役員待遇で戻ってきてもらいたいというのが上層部の意見なんだ。悪い話じゃ決してないから前向きに考えてくれないか? 杉山くんなら、英語も心配はいらないし、それにあちらのスタッフたちも十分にまとめられる素質もある。会社として、君には期待しているんだよ」 正直言って、宏樹のいる日本から離れられるのは願ってもない話だ。 このタイミングで話が来たのも、運命なのかもしれないな。 もし、宏樹とあのまま続いていたら、いくら栄転とはいえ断っていたかもしれない。 ここは一つ、環境を変えて嫌な思い出から離れるのもいいかもな。 「部長、この話……謹んでお受けします」 「いいのか? こんなにすぐに決めても」 「もう少し考えたほうがいいですか?」 「いや、こちらとしては君が決断してくれて嬉しいよ」 「では、よろしくお願いします!」 そうして、俺の海外赴任が決まった。 赴任は一ヶ月後。 その間にマンションの解約手続きを済ませ、荷造りも早々に済ませた。 引越し業者は会社が提携しているところに頼めばすぐだった。 ただ、ロサンゼルス支社の社宅が短期出張用しか空いておらず、とりあえず一旦そちらに引っ越すことになっていた。 俺の任期は一応5年の予定。 その間にいいところが見つかればそこに引っ越せばいいか。 そんな短絡的な考えでいられたのも俺が単身者だからだろう。 いろんな手続きをしている間にあっという間に一ヶ月が経ち、俺はロサンゼルスへと旅立った。

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