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食事に行こう!
俺たちが応接室を出てきたと同じタイミングで、社内を案内してくれていた宇佐美くんたちが戻ってきた。
「お疲れさまです。お話は終わりましたか?」
「ああ、案内ご苦労さま。小田切先生にこのまま食事に行こうかと提案したんだけど、宇佐美くんも一緒にどうかな?」
「はい。ご一緒させていただきます」
「じゃあ、行こうか。すぐに準備しますから、小田切先生と北原くんは先にロビーに下りていていいですよ」
そう言って、急いでデスクを片付けようとしていると、
「えっ、あの……高遠さんは誘わないんですか?」
と北原くんの戸惑った声が聞こえる。
「あ、えっと……」
「北原。違う違う。高遠さんはもういくことは決定してるんだよ。今日の店は高遠さんの恋人がやっているお店だから」
「えっ? そうなんですか?」
俺から言っていいものかと躊躇っている間に透也が軽く告げてしまう。
こんなところで話していいのかななんて思ったけれど、
「ああ、そうなんだよ。今日紹介するね。ちなみに僕の相手も男性だよ」
と高遠くんはあっけらかんとした様子で北原くんにカミングアウトして笑っていた。
考えてみたら北原くんも俺たちも同性同士のカップルだし、高遠くんは隠すつもりもなかったのかもしれないな。
「えっ? ほ、本当に?」
「ああ。そんなことで嘘なんてつかないよ」
「あの! 僕、すっごく嬉しいです。紹介していただけるの楽しみです。ねぇ、智さん」
「ふふっ。そうだな」
俺にもよくわかる。
今の北原くんの興奮している気持ちは。
俺も、北原くんもずっと自分がゲイであることを隠していたんだ。
自分だけが普通とは違うと思い込んで誰にも話せないで悩んでいたのに、意外と自分の周りにいたと知った瞬間、自分の心に抱えていた重しが取れて呼吸が楽になった気がした。
この中ではもう自分の気持ちを偽らなくていいんだとわかった時のあの解放感は忘れられない。
「じゃあ行きましょうか」
話をしている間に準備を整え、みんなでオフィスを出ようとすると
「あの、支社長っ。もう帰られるんですか?」
バタバタと駆け寄ってくる足音と共に少し浮かれたような声が聞こえた。
振り向くとそこには数人の女性社員の姿。
今回の笹川コーポレーションの吸収合併に伴い、このL.A支社にも笹川からの社員を数名入れることになっていて、彼女たちはその人たちと代わって国内の支社に散らばって異動することになっている人たちだ。
「ああ、君たちも帰国の準備があるから定時も関係なく引き継ぎが終わったら帰っていいと言ってあったろう?」
「あの、今からこの方達と食事に行かれるんですよね? 私たちもご一緒してもいいですか? 私たち、もうすぐ日本に帰るし送別会的な感じで最後に支社長たちといっぱいお話ししたいなって」
「えっ? いや、帰りが遅くなると危ないから歓送迎会は禁止されているだろう? それに彼らとの食事は会社の話じゃなくてプライベートだから、悪いけど今回は遠慮して欲しいんだ」
「ええー、でも、プライベートなら社内の禁止事項には当てはまらないですよね? さっきちらっと聞こえたんですけど、宇佐美さんが経営者一族って本当なんですか? この方も次期社長とか話されてましたよね? そんな方と私たちもプライベートでお話ししたいんです。お願いです、支社長……私たちも連れて行ってください」
透也たちに近づいて、玉の輿に乗りたい感が溢れ出ているな。
コネ入社だとか言われるのが嫌だからと言っていたけれど、仕事のこと以外にもこんなにギラギラとした感じで狙われていたのなら、宇佐美くんが経営者一族だと隠していたのも頷ける。
仕事だけでも大変なのにこんなのばかり相手にしていたら、身がもたないな。
きっと二股をかけていた彼女も、宇佐美くんがあのベルンシュトルフ ホールディングスの経営者一族だと知っていたら、宇佐美くんをあんなふうに裏切ったりはしなかっただろう。
ある意味、隠していたからこそ、元婚約者の彼女の本性を知ることができたのだろうな。
俺は何も考えずに早くみんなに発表すればいいのになんて思っていたけれど、こういうのを目の当たりにすると、宇佐美くんの考えが正しかったことがわかる。
やっぱりさすがだな。
「申し訳な――」
「悪いけど、俺も敦己も将来の相手は決まってるから、君たちがどれだけアプローチしてきても揺らぐことなんて絶対にないよ。俺たちにモーションかけるだけ時間の無駄だから、さっさと帰国の準備して日本で相手を探した方がいい。大体、俺たちが経営者一族だとわかったからって声かけてくるの露骨すぎて浅ましいよ」
俺が再度断る前に、透也が身も蓋もないほどズバッと断りを入れると、彼女たちの顔がみるみる赤くなった。
「わ、私たち、そんなつもりじゃ……」
「そう? 俺にはそうとしか聞こえなかったけど。君たちと話すことなんて何もないし、杉山さんも話していたけど、今回の食事会は完全プライベートだから、君たちがどれだけ頼んでも連れて行く気はないよ。わかったらさっさと帰ってくれ」
透也の言葉に、彼女たちは悔しそうな表情を見せながらもバタバタと出ていった。
「透也、ちょっと言い過ぎだったんじゃないか?」
「そうか? あれくらい言わないと彼女たちお前のこと狙う気満々でいたぞ。ただでさえ、離れているのに余計な心配かけたくないだろう?」
「まぁ、そうだな。断ってくれてありがとう」
宇佐美くんは彼女たちへの物言いに少し申し訳なさそうにしていたけれど、透也がはっきりと断ったことに関してはほっとしているように見えた。
「杉山さん、余計な邪魔が入らないうちにさっさと行きましょう」
そういうと透也はまだオフィスに残っていた他の男性社員に後はよろしくと声をかけてオフィスを出た。
みんなでエレベーターに乗りこむと、
「高遠さんの恋人さん、どんな方か楽しみです。宇佐美さんたちがみなさんご存知なんですか?」
と北原くんがキラキラと目を輝かせながら問いかける。
高遠くんの相手が男性だと聞いたのがよほど嬉しかったようだ。
「ああ、もちろん。きっと北原くんは驚くだろうな」
宇佐美くんがいたずらっ子のような表情をしながら、透也を見つめる。
こういうところは親戚っぽい。
「へぇ、誰だろう。智さん、なんだかドキドキしますね」
「ふふっ。そうだな」
小田切先生には透也のお兄さんだと伝えたけれど、どうやら直接会うまで内緒にしてくれるらしい。
意外と先生もノリがいいな。
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