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サプライズの連続
『We're closed for a private event.』
本日貸切と書かれた札を見て少し驚きつつ、みんなで店の中に入ると
「やぁ、いらっしゃい」
と祥也さんが笑顔で声をかけてくれた。
「すみません、わざわざ貸切にしてくれたんですね」
「いや、そっちのほうがゆっくりできるだろうと思ってね。それに私もあとで参加したかったから貸切にしておいたんだよ」
その言葉に大夢くんが嬉しそうに笑う。
ああ、なるほど。
カップルだらけの中で大夢くんが寂しい思いをしないようにするためか。
こう考えたら宇佐美くんだけ相手がいなくて可哀想だったな。
でも誘わないのはおかしかったし、できるだけ宇佐美くんのそばにいることにしよう。
「大智、どうかしたんですか?」
「あ、いや。宇佐美くんだけ一人だから、居づらくないようにしないとなと思って」
「ふふっ。やっぱり大智は優しいですね。でも心配は無用ですよ」
「えっ? どうして?」
透也の言葉の意味がわからなくて聞き返したけれど、そのまま笑顔ではぐらかされてしまう。
一体どういう意味だろう。
「大夢、こっちにおいで」
祥也さんが大夢くんに声をかけると、北原くんの隣にいた大夢くんがさっと駆け寄る。
近づいてきた大夢くんの手を握ったかと思うと、祥也さんはそのまま腰を抱き寄せた。
その流れるような自然な動きにただただ見惚れるしかなかった。
「初めまして。小田切さん。この店の店主の日下部 祥也 です。お噂はかねがね伺っています。それから、北原くん。君のことも弟から聞いているよ。とても優秀な事務員だそうだね」
「えっ? 弟って……まさか……えっ、店主さんって……」
「ああ、透也は私の弟だよ。それから、もう聞いていたかな? 大夢は私の大事な恋人だよ」
「ええーーっ!!!」
北原くんの驚きの声がお店中に広がる。
ふふっ。
やっぱり貸切で正解だったみたいだ。
「ほ、本当ですか? 高遠さんっ!」
「ふふっ。本当だよ。さっき言っただろう? この店の店主が僕の恋人だって」
「あ、あのじゃあ……高遠さんと杉山支社長は……その、義兄弟っていうか……」
「ああ、そうだね。そういうことになるかな。祥也さんと透也くんが兄弟だからね」
「ええーっ……そんなことが……えっ、そういえば宇佐美さんと田辺も親戚だって……ってことはみんな親戚ってことですか?」
「ふふっ。そうなるかな。まぁ、広くいえばだけど」
「すごい……そんな偶然があるんですね……」
北原くんはあまりにも立て続けに事実を知りすぎて混乱しているのかもしれない。
突然おとなしくなって心配したけれど、急に顔を上げて、
「僕っ、すごく嬉しいです!!! こんな幸せな空間に一緒にいることができて……」
と目に涙をいっぱい溜めて喜びをあらわにしていた。
「じゃあ、その幸せな空間に私も混ぜてもらおうかな」
「「「「「えっ??」」」」」
突然祥也さんの後ろから声が聞こえたと思ったら、
「誉さんっ!」
「上田先生っ!!」
宇佐美くんと小田切先生から驚きの声が上がった。
もしかして彼は、宇佐美くんの恋人だっていうあの弁護士さん?
電話でしか話したことがないけれど、確かにさっきの声には聞き覚えがある。
先日宇佐美くんに会いにこっちにきていた時は、会うチャンスがないまま帰国しちゃったんだよな。
まぁ宇佐美くんとの時間を過ごすために他の時間を割けなかったんだろうけど。
そうか。
透也は彼がこっちにきているのを知っていたから、宇佐美くんが一人でも心配ないって言ったんだ。
北原くんにサプライズするつもりが、俺もサプライズされちゃったんだな。
「誉さん! どうしてここに? 僕、こっちに来るなんて聞いてないですよ」
「ふふっ。ごめん。敦己を驚かせたかったんだ。本当は小田切たちと同じ飛行機に乗りたかったんだけど、仕事の都合で一便遅いのにしたんだよ。だから、会社にはいかずにここで待たせてもらっていたんだ。彼からここで食事会をするって聞いていたからね」
「透也から? 誉さん、透也と知り合いだったんですか?」
「先日仕事のつながりで知り合ったんだ。敦己の親戚だと言っていたから意気投合してね」
「知らなかったです……」
「近いうちに恋人も連れて四人で会おうって話していたから、その時に報告するつもりだったんだ。そうしたらロサンゼルスで食事会するっていうから、文字通り飛んできたんだよ。敦己……喜んでくれないのか?」
「そんなことっ! 嬉しいに決まってるじゃないですか! 僕だけ一人で……寂しいなって思ってたんですよ」
「ならよかった」
あっという間に二人の世界に入ってしまった二人に誰が声をかけるかを目配せするけれど、やっぱり透也しかいないだろう。
「あ゛ぁーっ、ごほんっ。とりあえず、部屋に入って食事をしながらゆっくり話をしよう。お互いに自己紹介もしたいし」
一気にそう捲し立てると、宇佐美くんはみんなの前だということを思い出したのか慌てて上田先生から離れようとしていたけれど、上田先生は逆に俺たちに見せつけるように腰にギュッと腕を回して、ピッタリと寄り添っていた。
「離れる必要なんてないだろう? 聞けばみんな恋人同士だっていうじゃないか。なぁ、透也くん」
「はい、そうですね。とりあえず部屋に入りましょう」
透也は感化されたのか、俺を抱き寄せてそのまま奥の広い個室に入って行った。
部屋に置かれたテーブルにはすでに料理が並んでいた。
「今日はスタッフも休みにして、貸切にしたからある程度の料理はもう並べておいたんだ。出来立てのものだけ今から持ってくるから、座って待っていてくれ。飲み物はそこに準備しているから好きに呑んでくれていいよ」
「あっ、祥也さん。僕も手伝います」
説明をして厨房に戻っていく祥也さんと一緒に大夢くんがついていくのを見ながら、俺も手伝ったほうがいいかと後ろからついていこうとしたけれど、
「兄貴たちに任せておけば大丈夫ですよ」
と透也に止められてしまう。
まぁ、確かに二人の方がいいか。
飲食店の作業には慣れてないし、逆に邪魔になりそうだしな。
飲み物を手分けして用意している間に、作りたての料理がどんどん運ばれてくる。
「わぁー、美味しそう」
北原くんの可愛い声にみんなが癒される。
ふふっ。
彼はみんなの弟って感じだな。
飲み物も食事もあっという間に揃い、祥也さんと大夢くんも席についた。
「じゃあ、今日はゆっくり呑んで食べてくれ。おかわりもいっぱいあるから遠慮なく言ってくれ」
お店での食事というよりは、祥也さんと大夢くんの家にお邪魔しているような楽しい雰囲気の中、食事会が始まった。
ああ、こんな時間が訪れるなんて……なんて楽しいんだろうな。
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