85 / 85

これからもずっと

八人がけの席に、透也と俺、大夢くんと祥也さんが横並びで座り、向かいに上田先生と宇佐美くん、北原くんと小田切先生が座った。 「大智さん、これ飲みやすくて美味しいですよ」 「へぇ、じゃあ今日はこれにしてみようかな」 「大智、飲みすぎないようにしてくださいね」 「それに少しくらい酔ったって透也が一緒なら大丈夫だろう?」 大夢くんから勧められた、甘い林檎酒を手に取るとすぐに透也の注意が入る。 あんまり強くはないから仕方ないけど、でも今日ばかりは許してほしい。 だって、こんな楽しい食事会は今までの人生で初めてのことなんだから。 「わかりました。じゃあ、離れないでくださいよ」 「わかったって」 ああ、いいな。この安心感。 透也が日本に帰ってからずっとこれを探していた気がする。 ずっと画面越しだった透也がすぐ手の届くところにいるのが嬉しくて、自分から透也の肩に頭をのせると透也が優しく頭を撫でてくれた。 透也を見上げて笑顔を見せると、幸せそうな笑顔が返ってくる。 この距離が心地良い。 透也と離れてみてよくわかったんだ。 やっぱり俺には透也が必要なんだって。 「支社長。なんか仕事している時と印象違いますね」 「あ、悪い。幻滅させたかな?」 透也がそばにいるこの距離が家で過ごしているように心地良すぎてリラックスしてしまっていた。 慌てて離れようとすると、透也が抱きしめていて離れられそうにない。 「ちょ――っ、透也っ」 「せっかく会えたんですよ。今日はこのままでいてください」 「でも……」 ただでさえ幻滅されてそうな、目の前の宇佐美くんが気になって視線を向けると 「ああ、気にしなくて良いですよ。幻滅なんてしてませんから」 と微笑まれる。 「えっ、でも……」 「本当に気にしないでください。欲しいものを手に入れた時の透也のしつこさはよくわかってますし。こうなったら絶対に手放したりしないですから、逆に支社長が心配なくらいで」 「心配?」 「おい、敦己。余計なこというなよ」 「ほら、もう独占欲丸出しだろ? 透也から支社長と付き合っていると聞いた時は驚きよりも心配の方が大きかったんですよ、僕。本当に支社長、大丈夫ですか? 透也、相当重いと思いますよ」 「ははっ。それなら大丈夫だよ」 「えっ?」 「多分、私の方が重いから、透也の方が大変じゃないかな」 そう言って、透也を見上げるとぎゅっと抱きしめられる。 「何言ってるんですか。大智がそう思ってくれるだけで嬉しいですよ」 「ふふっ。ありがとう」 「支社長、ごちそうさまです」 「あっ、ごめん」 「いえ、支社長も透也も幸せそうで嬉しいですよ。僕、ずっと支社長の恋人ってどんな人だろうって思ってましたけど、一緒にいるのを見るとすごくお似合いですよ。ねぇ、誉さん」 「ああ、そうだな。杉山さんはこう見えてすごく情熱的な人だから、独占欲の強い彼ならお似合いだと思うよ。ねぇ、杉山さん」 ニヤリと笑みを向けられて途端に恥ずかしくなる。 あの時、電話で勘違いして喋ってしまったのを覚えているんだ。 「情熱的? なんのことですか?」 「わ、私たちのことよりも……宇佐美くんと上田先生もすごくお似合いだよ。宇佐美くん、上田先生がこっちに来た日は朝から随分と浮かれていたしね」 慌てて話題を変えれば、すぐに上田先生が食いついてきた。 「敦己、そうなのか?」 「えっ、あの……はい。前の日からドキドキしてましたよ」 宇佐美くんの言葉に途端に優しい笑顔を浮かべる上田先生の姿に、俺も思わず嬉しくなる。 クールそうに見えるのに、宇佐美くんに関しては上田先生も大概情熱的だと思うけどな。 本当に大事な人ができるとみんなそうなるんだな、きっと。 「大智、これも食べてみてください。美味しいですよ」 俺の皿が空く前に透也が次々と料理を取り分けてくれるから、俺は何もせずにただ美味しい料理とお酒を楽しんでいるだけだ。 「俺のことばっかり気にしなくて良いから、透也もちゃんと食べて」 「ふふっ。大丈夫ですよ、俺もしっかり食べてますから」 そう話す透也の皿を見てみれば、確かにたくさん食べた形跡がある。 「いつの間に……」 「ふふっ。こういうのは得意なんですよ。任せてください」 俺の知らない透也の得意技があったみたいだ。 まだまだこれからもこういうことが出てくるんだろうな。 こうやって少しずつお互いを知るのも楽しい。 一通り食事とお酒を楽しんでいると、 「大智さん。デザート食べませんか?」 と大夢くんに声をかけられた。 「あ、いいね。でも祥也さんに作ってもらうのは大変じゃないか?」 今日はスタッフさんもいなくて一人だし、その祥也さんは小田切先生たちと楽しそうに話をしているようだし。 「ああ、大丈夫です。今日のデザートはあのケーキ屋さんで調達してもらってきたんです」 「えっ? fascinate(ファシネイト)の?」 「はい。この前、食べてないものもたっぷりあるんで好きなのを選べますよ」 「わぁ、それは楽しみだな」 大夢くんとケーキの話題で盛り上がっていると、 「ねぇ、今fascinateって聞こえたんだけど、まさかあのケーキ屋さんじゃないよね?」 と興奮気味の宇佐美くんが話に加わってきた。 「ふふっ。聞こえました? もちろん、あの(・・)fascinateですよ」 「ええーっ、なんで?」 「知らなかったですか? 最近、ここに支店ができたんですよ」 「本当? 全然知らなかった! あそこのケーキ、一度だけ食べたことがあるけど、すっごく美味しいよね。東京帰ったら食べようと思ってたけど、まさかここで食べられるなんて思ってなかったよ。ねぇ、北原くんもケーキ好き?」 宇佐美くんが声をかけると、ケーキという言葉に反応して北原くんが駆け寄ってきた。 「ケーキですか? もちろんです!! えっ、もしかして今からデザートですか?」 「うん。美味しいケーキ屋さんのを準備してくれてるんだって」 「わぁー、嬉しいです!!」 「じゃあ、こっちで好きなのを選ぼう」 「わぁーい」 「ふふ。北原くん、かわいいな」 「本当、かわいいですよね」 ケーキの箱を持ってきた大夢くんに嬉しそうに駆け寄っていく北原くんを、宇佐美くんと一緒に眺めながら、少し離れた四人がけのテーブルに向かう。 俺たちが席につくと、ケーキがたくさん入った箱を広げて、もう待ちきれないと言った様子で北原くんがケーキを眺めている。 「北原くん、何がいい? 好きなのをとっていいよ」 「えっ、でも僕から選んで良いんですか? ジャンケンとか」 「大丈夫。北原くんが一番年下なんだし、北原くん以外は前にここのケーキ食べたことがあるんだ。だから、好きなのを選んでいいよ」 そういうと目を輝かせてケーキを選び始めた。 北原くんがケーキを選ぶのをみんなで見つめるのはとても楽しい時間だった。 悩みに悩んで北原くんが選んだケーキはザッハトルテ。 俺が前に食べたやつだ。 チョコが濃厚ですごく美味しかったっけ。 「誉さんは何にしますか?」 少し離れた場所にいる上田先生に宇佐美くんが尋ねると、 「俺たちはいいよ。敦己たちで食べたらいい」 と返ってきた。 どうやら四人で話が盛り上がっているみたいだ。 「じゃあ、好きなのを選ぼうか」 俺の言葉にみんなが次々と手を伸ばす。 俺が選んだのはマスカットのタルト。 綺麗な淡い黄緑色をしたマスカットがまるで宝石みたいに輝いている。 「うわっ、これ! すごく美味しいっ!」 「こっちも美味しいよ! ねぇ、一口食べてみて」 「んんっ! 美味しいっ! こっちも食べていいよ」 「ああー、こっちも美味しいっ!!」 みんなでそれぞれ選んだけれど、結局みんなでシェアして食べてしまっている。 でもそんなのもすごく楽しい。 人が作ったご飯も、誰かと食事を分け合うのも苦手だったはずなのに、透也と出会ってからどんどん違う自分が出てくる。 自分でも知らなかった一面を見つけるってなんだか不思議だけど、嬉しいな。 年齢も全然違う四人なのに、なぜか一緒にいると心地良い。 これは透也と一緒にいる時とはまた違う気持ちだな。 「ロサンゼルスに赴任が決まってよかったよ」 「支社長、いきなりなんですか?」 「いや、こんな楽しい時間を過ごせるなんて夢にも思ってなかったから」 「ああ、確かにそうですね。僕もあの彼女の裏切りを知った時はこんな楽しい時間を過ごせる日がくるなんて思ってなかったです。まさか、男性の恋人ができるとも思ってなかったですけど……でも、幸せだから良いかなって」 「私は最初から男性しか好きになれなかったから、幸せを求めることすら諦めてたんだ。でも、付き合っていると思ってた人に私も裏切られて、何もかも忘れるつもりでここにきたけど、今思えば一歩踏み出せてよかったのかなって思ってる」 「支社長……」 「あ、いい加減プライベートで役職呼びはやめないか? 普通に名前でいいよ。一応親戚になるんだし」 そういうと宇佐美くんは少し照れながら 「そうですね。じゃあ、僕も大智さんと呼ばせてもらいますね」 と笑っていた。 「ああ、それでいい。北原くんもよかったらプライベートでは名前で呼んでくれ。別に強制はしないけど」 「は、はい。あの、大智さん……大智さんも自分がゲイだって認識があったんですか?」 「ああ。そうなんだ。北原くんもかな?」 「はい。でも自分の身近に同じような人はいないと思ってたのでずっと隠してました」 「ああ、わかるよ。私もだから。でも、こうやってみんな集まった。だから、ここでは何も隠したりなんかしなくていいよ」 「はい。僕……すっごく嬉しいです」 北原くんが受けた心の傷はきっと小田切先生が癒してくれるだろう。 俺たちは何も聞かずに、ただそばにいればいい。 話を聞いても聞かなくても、もう俺たちは仲間なんだから。 「兄貴、俺たちはそろそろ帰るよ」 「そうか、お前はこの三連休だけしかいられないんだったな」 「ああ、そろそろ大智と過ごしたい」 そんな兄弟の会話が離れた俺の席にも聞こえてきて恥ずかしくなる。 「ふふっ。大智さん、今日はこの後大変そうですね」 「何言って……っ」 「いいですよ、恥ずかしがらなくても。三連休楽しんでくださいね。当分は急ぎの案件もないですから、週明けお休みでも大丈夫ですよ」 「そうそう、北原くんもいますから気にしないでたっぷり愛されてきてください」 「――っ!!!」 三人からそう言われて、恥ずかしくなる。 けれど、こんなことも嬉しいんだ。 「大智、先に帰りましょうか。あれ? 顔赤いですけど、飲みすぎました?」 「いや、大丈夫。じゃあ、先に失礼するよ。祥也さん、ごちそうさまでした。上田先生と小田切先生、すみません。先に失礼します」 声をかけ、透也と二人で店を出る。 「寒くないですか?」 「ああ、大丈夫」 「それなら、よかった。今日はこのままホテルに行きますよ」 「えっ? ホテル?」 「三連休たっぷり愛する予定ですから、覚悟しておいてくださいね」 「――っ!!」 ギラギラとした瞳を向けられて、それだけで身体の奥が疼いてしまう。 ああ、もう本当に俺は透也なしじゃ生きていけなくなったみたいだ。 これからもずっと俺は透也と幸せな毎日を過ごしていくんだろう。 透也……愛しているよ。

ともだちにシェアしよう!