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腕いっぱいの花束に、胸いっぱいの恋歌を p42

   ***  大学近くのファミレスの店内には、学校帰りとおぼしき高校生が自習したり駄弁(だべ)ったりしていた。ぼくの席のそばでも、予備校前らしき一団の談笑が天井から流れるクラシックをかき消している。  こういう場所にいると、しみじみぼくは思う。結局ぼくは、こういう友達付き合いを一切せずに高校時代を終えたのだな…と。  宗太に出会ったあの時から、宗太以外の何者をも必要としなくなったぼくは、その前もけして人付き合いのいいタイプではなかった。ましてや悟さんと暮らし始めてからはあまりにひどい仕打ちを繰り返されて、生きる気力すら失い、最終的には死のうと本気で考えたのだから。  そういう状況からぼくを救い出してくれたのは、ほかでもない、宗太だった。  だから宗太はぼくの命の恩人で、ぼくのすべてだ。  課題をし終え、書きかけの楽譜に手を付けた。でも気はそぞろで、握った鉛筆の動きも止まりがちになる。今頃宗太は何をしているかな…と、つい思考も宗太に引き寄せられてしまう。 「珍しい場所にいるじゃないか」  思いがけない声かけに視線をあげれば、三上さんだ。 「ちょうどいいや。ここでメシ食っていい?」 「何が、ちょうどいいのよ」  つれない返事にもかまわず、ぼくの前にドスっと座る。二人用テーブルなのでけして広くない。ぼくはしんなりと眉をひそめた。 「あっちにいるの、バンドの仲間だろ。向こうで食えば」 「そう露骨に嫌な顔するなって。会えてよかった。お前に訊きたいことがあってさ」 「訊きたいこと?」  きょとんとしたぼくに、「うん」と軽く相槌を打つ。やってきた店員に、三上さんは三人分はあるかという量の食事を頼んだ。聞いていたぼくは「うへえ」となった。 「いくらガタイがいいからってあんた、そんなに食ってたら生活習慣病で死ぬよ」  遠慮なしなぼくのツッコミに、三上さんが苦い顔をする。 「縁起の悪いことを言うな。ドラムを叩くのには体力がいるんだぞ。どえらいエネルギーが要るんだ」 「だろうけどもさ」  そのエネルギーを差っ引いても、余りある分量だろう。 「高橋だって、これくらい食うだろ。あいつもデカいからな」 「そんなに食べないよ。あんたみたいに太ってないし」 「言うたな。俺のハダカ見て驚くなよ」 「誰が見るか」  ぼくはペッと舌を出した。  この人とはよくこんなふうに軽口で遊ぶことが多い。鷹揚な三上さんはぼくの生意気なタメ口にも寛容なのだ。 「確かに、高橋のほうが体は締まってるかもしらん」  頬杖をつき、神妙な顔で斜め上を見あげる。 「これ以上プロテイン飲まないでって頼んでるくらいだよ」 「いいじゃないか。マッチョでムキムキ、かっこい~い」  歌いながら言う。 「限度ってもんがあるよ。卵パックみたいな腹筋、苦手だよ、ぼくは」  ぼくの泣き言に、「わがままだなぁ」と三上さんが八の字眉で苦笑する。 「姫のご機嫌を損ねないように、高橋も大変だ。その高橋についてだが、お前ら、今、どうなってる?」 「…え?」  唐突に問いかけられて、ぼくは目をぱちくりさせた。 「どうって?」 「いや。自分で分かんねえかな。ここのとこ、お前ら、田中とかいうやつとつるんでるだろ、最近。暇なのか知らんが、田中、お前がいない間も高橋にくっついて歩いてるぜ。まるで親ガモを追う子ガモだ。さすがに授業までは出てこないけどさ、図書館かどこかで待っているらしい」 「ああ、そうか。三上さん、唯輔を知ってるんだね。宗太と一緒に助けてあげたことがあったもんね」  その日の夜に宗太は、唯輔と暮らす決心をしたとぼくに伝えに来たのだった。 「なんか妖精みたいなやつだった」  奇遇にも三上さんはぼくと同じ印象を唯輔に持ったらしい。 「部屋も生活感なかったなあ。食事もちゃんととっているのかいないのか。どういういきさつがあるのかね」 「あんたには微塵も関係ないことだから、根掘り葉掘り訊くこたないよ」 「相変わらず身も蓋もない言い方をするね、お前」  三上さんが呆れ顔をする。呆れるばかりのぼくに、なんでこの人はこうかいがいしく接触してくるのだろう。 「根掘り葉掘りなんか訊く気はないさ。でも、お前と高橋との関係は気になる。田中を交えて、まるで三角関係だ」 「そんなに気になるなら、宗太に訊けば?」  ぼくはそっけなく答えた。今の三上さんの好奇心が、なんだかとてつもなく下世話に感じられた。三上さんは興味半分に他人のつらい部分を覗くような人じゃなかったのにと、残念な気分にもなる。 「訊いたさ。田中が不眠症で、人の気配がないと眠れないから、高橋が泊まってやってるってことも」 「そこまで知ってるなら、いいじゃない。その通りだよ。それ以上でも、以下でもない」 「問題は、なんでお前がそれを許容しているのかってところだ」  勘の鋭い三上さんは、実に痛いところを突いてくる。 「俺は、お前ら二人の友人のつもりだぜ。お前がどんな気持ちであんなことをしている高橋を許しているのか、知りたい」

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