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第8話 客人

 驚きが去って、次第に落ち着きを取り戻すに従い蘇芳を襲ったのは、両親、そして家族への噴き出すような痛切な悲しみだった。 「父さん、母さん……っ」  会いたかった。目が覚めるたびに、全部夢で、見慣れた萱と垂木の天井がそこにあるのではないかと思い、その度に裏切られた。この場所が夢ではなく本当に全て現実のものだと実感すればするほど、その望みはもう叶わないのだと強く思い知る。  自分を捨てるしかなかった、という事実。蘇芳に、両親が何を思っていたのか想像をしても本当のところは分からない。  せめて、両親も辛かったのだと思えばこの痛みも和らぐかと思ったけれど、それでもどうして、と思うことをやめられなかった。  誰を責めれば気が済むのか、分からない。自分が悪かったのだろうか、とも思う。自分が、あの時、男たちから逃れたいあまり、普通でなくなってしまったから。人ならざるものの力に気に入られてしまったから。自分が、自分さえこうでなかったら、という虚しいことばかり考え、蘇芳は心の痛みのやり場を探した。  しかし、時は残酷に、かつ全てのものに平等に、降り積もっていく。  答えが出せないまま、一日、また一日と、ゆっくり日常が息を吹き返していった。どれだけ悲しかろうと腹は減り、滋養に富んだ食事を与えられれば眠気も訪れる。鮮やかだった辛さも痛みも、次第にその勢いを弱めていた。  表面上は、ミソラの態度は変わらないように見える。蘇芳の記憶についても触れず、蘇芳がどうしたいのかと問うこともしてこない。穏やかに、にこやかに日々の仕事をこなし、時折茶を所望し、夜が来れば蘇芳を寝かしつけてくれる。  村ではもう一人で寝られる年齢になっていた蘇芳だったけれど、こうして眠るまでそばにいてくれるミソラに、幼い頃母がよくしてくれた光景を重ねずにはいられなかった。  そんなふうにされると、余計にどうしたらいいのか分からなくなる。むしろ、ミソラがここにいなさい、と一言言ってくれれば、とさえ思った。  そうして蘇芳は、決断できないままずるずると徒に日々を過ごしていた。  そんなある朝、庭先に積もっていた木の枝などを片づけていた蘇芳の耳に、誰かが話す声が聞こえてきた。  ——誰? 人……?  そういえば、いつも蘇芳が目を覚ます時間にはきちんと衣服を身につけ、いつもの位置に優雅に座っているはずのミソラなのに、今朝に限ってはその姿が見えなかった。  ——誰か、客人が来たのだろうか。  蘇芳はここに来てから、ミソラ以外に誰かを見かけたことがなかった。そういうものだと思っていたが、あやかしを束ねる地位にいるのであれば、他のあやかしと会うことだってあるはずだ、と蘇芳は今更のように理解した。  ——ミソラさま以外の、あやかし……  なんなら、あやかしとも限らない。人が自分の意志でこちらにくることは出来なくとも、蘇芳のように、あやかしが連れてくる場合だってある。  ——誰かに、会えるかもしれない。  そう思ったら、蘇芳はいてもたってもいられなかった。

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