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第10話 自分のいるべき場所

 ミソラの後ろ姿を見るともなく眺めて歩きながら、蘇芳は今更のように考える。  ——俺は、どうするべきなんだろう。  ミソラが自分の身を気遣い、過ごしやすいように配慮してくれるのは嬉しい。  けれど、こうしてどんどんここでの生活に慣れていってしまうことに、微かな恐れもあった。  だから、今もこうしてまた一つこの世界のことを教えようとしてくれるミソラの好意を、素直に喜べない。  考え込んでいるうちに、前方でミソラが止まったことに気づいて蘇芳もその側まで行き、立ち止まった。ミソラの視線を追って前方を見た蘇芳の目が、驚きに見開かれる。 「わ……」  思わず声を上げてから、慌てて口をつぐむ。森の中に馴染んでいて目を凝らさないと見えないが、そこにはちょっとした集落のようなものが広がっていた。  木の枝の上や地面を、さまざまな色合いの獣が行き交っている。狐に見えるものが大半だが、中には山犬のような姿をしたものもいる。  彼らが普通の獣ではないのが、その表情や纏う雰囲気ですぐにわかった。ミソラが側にいなければ、蘇芳は畏れのあまりその場から逃げ出していただろう。 「わたしはこの辺り一帯を治めていると言ったね。彼らがわたしの、いわば守るべきものたちだ。普段はあのような獣の姿をしているが、わたしを含めて力の強いものは人の姿をとることもできる。群れて生活しているものたちの中では、ここがわたしの住まいから最も近いかな」  ミソラが話す間に、あやかしたちがミソラに気づき、皆一様に頭を垂れる仕草をする。その様は、ミソラの地位をあらためて感じさせるものであり、蘇芳は自分が共に暮らしている相手がどれだけの力を持っているのか、少しだけ怖い気もした。  だが、次の瞬間。  ——……っ。  あやかしたちが蘇芳に気付き、その目が一斉に蘇芳の方を見た。  驚愕、猜疑、品定め、警戒……鋭い視線の数々は、どう見ても、歓迎している雰囲気ではない。  思わず、蘇芳は後退りした。それに気づいたらしいミソラがそっと蘇芳の背中に手を添える。  その手の感触に、蘇芳はすがる思いでミソラを見上げたが、ミソラは険しい表情で真っ直ぐあやかしたちを見据えていた。 「この子はわたしが庇護している。それがどういうことか、分からないか」  その一言で、ざわついていた空気がぴたっと静まり返る。  息苦しいほどの、沈黙。蘇芳は、ミソラも、あやかしたちもどちらも恐ろしくて、その場から逃げ出したいのを堪えて、ぐっと俯いた。  屋敷へ戻ると、いきなりぐいっとミソラに抱き寄せられて、蘇芳は目を白黒させた。 「すまなかったね。怖い思いをさせてしまった」  ミソラの声が、頭の上から降ってくる。  柔らかな衣に抱き込まれ、幼子にするように頭をゆっくりと撫でられて、蘇芳は初めて自分の全身がこわばっていたことに気づいた。  ——ミソラさま……  ミソラに甘えて何もかも預けてしまいたい衝動に駆られる。けれど、最後のところで、ミソラもまた、自分と異質な存在であるのだという思いが蘇芳を押しとどめた。  そんな蘇芳の逡巡を知ってか知らずか、ミソラは穏やかな声で続ける。 「心配しなくていい。お前の後ろにわたしがいると分かっていて、お前に何かしてくるほど彼らも命知らずではないし、そもそも我々は縄張り意識が強い。お前そのものというよりも、見知らぬ者に好意的ではないのだよ。時間が多少かかるかもしれないが、じきに彼らもお前に慣れるだろう」  ミソラは、自分に、ここにいて欲しいのだと、この時蘇芳は感じた。  直接そう取れる言葉をかけられたことはないけれど、こうしてミソラがしてくれること一つ一つを重ねていけば、それがよく分かる。  自分のどこにミソラがこだわる理由があるのか見当もつかなかったが、ミソラの確かな好意はますます蘇芳を揺さぶった。  ——自分はこうして、この命が尽きるまでここでミソラさまのお側で過ごすのだろうか……  それは途方もないことのように思えた。村にいたときは、大きくなったら両親を手伝って畑を世話したり薬草を育てたりし、成人したら村の誰かを嫁にもらって、子どもをもうけて生きていくのだと何の疑問もなく思っていた。  そういう生活が今になって急に魅力的に思えたわけではない。  ただ、ここで生きていくことになるとしたら、と思った時、蘇芳は初めて自分の十年後、二十年後を想像した。  何だかそれがすごく恐ろしいことのように思えて、蘇芳は軽く身震いした。

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