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第17話 鉄郎

「蘇芳、そろそろ疲れてないか。あっちで、茶でももらおう」  空は高く青く、緑は濃い。氷菓子は高級すぎて蘇芳たちにはとても手が出なかったが、代わりに冷やした茶が楽しみな季節が近づいている。  週に一度、薬屋が休みの日には、鉄郎が蘇芳を誘いに来るのが決まりのようになっていた。  育ち盛りの二人だったが、歳上の鉄郎の方が背も高く、仕事柄体つきも逞しくなり、背丈でも体力でも遅れをとる蘇芳は何かと自分の世話を焼こうとする鉄郎に嬉しいような悔しいような、複雑な心持ちだ。 「俺は、別に疲れていない」 「嘘をつけ、さっきから座れそうなところばかり目で探しているじゃないか」  図星を突かれて、うっと蘇芳が呻く。黙り込んだ蘇芳に、鉄郎はそれ以上揶揄うでもなく、蘇芳の手を引いて茶屋へと向かった。  ——また俺を、小さい子どもみたいに……  口には出さないが、内心鉄郎への不服が膨れ上がる。  そうは言っても、鉄郎は蘇芳の薬師としての腕を認めてくれていた。いつもいつも兄貴風を吹かすわけではなく、蘇芳の方が詳しいことについては鉄郎は素直に賛辞を送ってくれる。  だから、こういう時だけ、鉄郎がそうしたいから自分を甘やかすのだと、蘇芳は分かっていた。俺はそんな扱いをされるような年じゃない、という不満ももちろんあるが、少しだけ悪い気もしなかった。 「はい、おまちどう」  茶屋のおかみが、冷えた茶碗を二人の前に置く。それから、目配せをして、ことりと小さい皿をその脇に置いた。 「これはおまけ。いつもありがとうね」  内緒話をするようにひそめた声で言い、おかみが去るのを見届けたあと、蘇芳は膨れっ面で鉄郎の脇腹を小突く。 「あのおかみ、お前に気があるんじゃないのか。いつも何だかんだおまけしてくれるじゃないか」  実際、鉄郎は町の女性たちに人気があるようだった。浅黒く日焼けした健康的な肌に、凛々しい眉。普段は鋭さを漂わせる切れ長の目は笑うとくしゃりとなくなり、親しみやすさが増す。誰にでも親しげに接し、頼まれごとも嫌な顔一つしない上、まだ成長途中ながら、すでに男の色気を備えつつある体躯をも持ち合わせている。同性の蘇芳から見ても、鉄郎は魅力的な男だった。  対する自分は、と思うと、蘇芳はなんとなく暗い気持ちになる。  あやかしと分かってしまう目と髪の色だけは皆と同じような黒に変えているが、それ以外は蘇芳の元々持って生まれた姿のままだ。外で力仕事をするわけでもないため日に焼けていない生っ白い肌、同様の理由でさして筋肉もついていない身体。取り立てて見どころのない平凡な顔立ちは少し幼く見られることも多くて、あまり好きではない。  あやかしの力で鉄郎のような精悍な外見になることも、やろうと思えばできるだろう。けれど現実問題としてすでにこの姿で人前に出て久しいし、何より偽ることができるのはあくまで「見た目」だけだ。見せかけで鉄郎のように筋肉や背丈を盛ったところで、実際の筋力や体力までは変えられないから、すぐに気づかれてしまうだろう。  蘇芳が完全なあやかしだったならば、全く別のものに化けることもできたのかもしれない。だが半端者である蘇芳には、生まれ持ってのものは、それが外面的なものにせよ内面的なものにせよ、そう容易く取り替えることはできなかった。そもそも自分にまつわる何かを取り替えられるなら、こんなあやかしの力などない、普通の人間……できれば鉄郎のような好青年になりたかった、と蘇芳は思う。  そんな蘇芳の心中を知りもしないだろう鉄郎は、蘇芳の言葉を特に否定もせず、照れたように短く刈り込んだ黒髪をかいた。 「まあ、好かれて損はしないからなぁ」  好かれるの意味が若干伝わっていないような気もしたが、面白くないので蘇芳は黙って冷えた茶を口に含む。たくさん歩いて火照った身体に、喉を滑り落ちていく冷気が心地よかった。

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