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第22話 川向こうで花火を

 夕方、いつものように店先に顔を出した鉄郎が、何やら真面目な顔で蘇芳を手招きする。昼間の嫌な予感が当たってしまうのか、と蘇芳は身体を硬くした。  ——なるべく自然な笑顔でいなきゃ……  一緒に行きたかった、なんて、蘇芳が思っているのを鉄郎に知られたら、きっと困らせてしまうだろう。それは本意ではなかった。  決意を隠したまま、ぎこちなく蘇芳が鉄郎に近づく。しかし、鉄郎から告げられたのは、思いもよらない言葉だった。 「今年の夏祭り、蘇芳はどうする? 誰か一緒に行く人は、いるの?」  てっきり、鉄郎自身がどうするかを言いに来たのだと思っていた蘇芳は、ぽかんとしてしまった。  だって、去年は一緒に行った。それなのに今年はどうする、なんて、どうして聞くのだろう。  二人の間にしばし沈黙が流れる。  黙ったままの蘇芳に何を思ったのか、鉄郎が急に険しい顔になった。 「も、もし、蘇芳が他の人と行くなら、俺は……」  ようやく蘇芳は我に返った。鉄郎がとんでもない勘違いをしようとしているのに気づいて、慌てて鉄郎を遮る。 「え、ううん、いないよそんな人! 鉄郎こそ、誰か他の人と、」  そう言いかけたら、今度は鉄郎に遮られる。 「それなら! 今年も、一緒に行こう。……川向こうで、花火を見に」 「……え……?」  川向こうで、花火を見る。それは、夏祭りで、思いを告げたい相手に対して使う、合言葉のようなものだった。  祭りの最後を締めくくる、河岸で打ち上げられる花火がよく見える場所はいくつかあるが、川向こうもその一つだ。  だが、家族や友人同士で見るときは、川向こうへは行かない。  誰が決めたわけではないが、川向こうは、恋人同士、もしくはこれからそうなろうという者たちが行く場所だった。町のあるこちら側に比べ、対岸は木が生い茂っていて、人目につきにくい。周囲に見咎められることなく、秘密の逢瀬を楽しむにはあつらえ向きなのだ。  川向こうで花火を見ようと誘って、承諾してもらえれば、そのあと川向こうで二人きりになり、交際を申し込んだら色良い返事がもらえる。それが、若者たちの間での暗黙の了解だった。  蘇芳もそれなりに年頃の身であり、そんな話は黙っていたって聞こえてきた。その意味を鉄郎は知っていて、蘇芳にそう誘ってきているのだろうか。いや、そのどちらであろうとも、蘇芳に否やはなかった。 「う、うん! 行く!」  鉄郎がまた沈黙を誤解する前に、慌てて蘇芳は返事をした。  どんな意図があったとしたって、鉄郎から望まれた、それが嬉しい。  それを聞いて、鉄郎は嬉しそうに顔を綻ばせ、その顔に蘇芳は心拍が速くなるのを感じた。

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